私たちを楽しませてくれる美味しいワイン。ワインの原材料となるぶどうは、当然のことながら他の果物と同じように、農作物としてたくさんの農家の方の手によって、大切に育てられます。しかし、どんなに農家の方達が努力しても病気になってしまったり、不作になってしまったりするのが農作物です。そして、ワイン用ぶどうもさまざまな病害により、残念ながら健全に育たないことが多々、あるのです。
今回はワインの原料となるぶどうの病害、病害を免れたスペインワインの歴史、病害から生まれた貴腐ワインについて、解説します。
ワインの原料となるぶどうの病害
ワインの原料となるぶどうの病害には以下のようなものがあります。
フィロキセラ
フィロキセラ(Phylloxera)はワイン用ぶどうにとって最大の天敵のひとつと考えられている病害です。フィロキセラは体長1mmほどの小さなアブラムシの一種で、ぶどうの根に付いて樹液を吸い、枯らせてしまいます。
1860年代のフランスに端を発し、フィロキセラが世界中のぶどうの木を枯らせてしまう大問題が起きました。フィロキセラの流行を引き起こす原因となったのが、品種改良のためにヨーロッパに持ち込まれたアメリカ大陸のぶどうの木でした。アメリカ大陸から来たぶどうの木に付着していたフィロキセラに対してヨーロッパのぶどうの木は耐性が無く、どんどん枯れてしまったのです。
フィロキセラはぶどうの木の根に付くまで土の中にいる性質を持ち、薬などでの駆除が非常に難しい昆虫です。そこで、解決法として編み出されたのが接木の手法。フィロキセラが根に付く虫であることを利用し、フィロキセラに耐性のある北米系品種、リパリア種などを土台に使い、上に欧州系品種を接木することでフィロキセラによる害からぶどうを守ったのです。
晩腐病
晩腐(ばんぷ)病は成熟期にぶどうを腐らせてしまう病害で遅腐(ちふ・おそぐされ)病とも呼ばれます。晩腐病が出たぶどうは伝染源になる可能性があり、一度晩腐病が出たぶどうの枝は畑から取り除かなければなりません。晩腐病に対してはベントレート、またはベノミル剤と呼ばれる薬剤が有効で、散布はぶどうの休眠期におこないます。また、薬剤を使わない方法として、果実に傘や袋をかけることもあります。
ベト病
ベト病もフィロキセラ同様、19世紀に大流行し病原菌は1878年に発見されました。プラズモパラ・ヴィティコラという病原菌により、ぶどうの花や葉、果実に白いカビが付き、実が落ちてしまう病気で、フランス語ではミルデュ(Mildiou)と呼ばれます。病原菌はフィロキセラのようにアメリカ大陸からやってきた、と考えられています。
ベト病の対策として、使われる薬剤にボルドー液があります。ボルドー液は硫酸銅と消石灰、水の混合溶液で1885年にベト病に有効な農薬として発表されました。ボルドー液を撒かれたぶどうは表面に皮膜ができ、病原菌が侵入しにくくなります。ボルドー液は有機農業でも使用が認められていて、自然に影響を与えにくい農薬と考えられています。
うどん粉病
うどん粉病は北米で発生し、1850年ごろにヨーロッパを席巻しました。欧米ではオイディウム(Oidium)と呼ばれ、病原菌がつくと葉や茎にうどん粉をまぶしたように白い胞子が付き、ぶどうの実がミイラ化したり、腐ったりしてしまいます。
うどん粉病は19世紀後半にヨーロッパのぶどうを1/3程度にまで減らすほどの被害を及ぼしたとされています。うどん粉病に対しては硫黄溶液が開発されたことにより発生から数年で被害が収束しています。
灰色カビ病
灰色カビ病はボトリティス・シネフレア菌がぶどうの花穂や葉、実に付き、果皮の色づきが悪くなったり、不快なカビ臭がついてしまったりする病気です。予防と対策法は余分な葉を取り除いて風通しを良くする除葉作業や、イプロジオン剤などの薬剤の散布です。
ピアス病
ピアス病は病原菌に感染することによりぶどうの木が枯れてしまう病気です。ピアス病菌はヨコバイ科の昆虫の唾液に寄生します。そして、その昆虫がぶどうの気の樹液を吸い、菌を木に移してしまうのです。ピアス病は1990年代後半から2000年代前半にカリフォルニアで深刻な被害をもたらしました。その後イタリア、スペインにも伝播し、ぶどうやオリーブの木に深刻な被害を与えました。ピアス病はぶどうやオリーブのほか、桜やアーモンド、コーヒーなど、数多くの植物に被害を与えることが分かっています。
病害を免れたスペインワインの歴史
19世紀に大流行したフィロキセラやベト病、うどん粉病の害からはスペインのぶどうは難を逃れました。そのため、フランスのボルドー(Bordeaux)からワイン生産者やワイン業者がスペインのリオハ(Rioja)に移住してきました。そしてその後、スペインのぶどう栽培が拡大し、ワイン醸造のレベルが格段に上がった、という経緯があります。ただ、フランスでのフィロキセラの流行が治まった頃、今度はスペインでフィロキセラが流行してしまいました。しかし、接木の技術が開発されたことにより、20世紀初頭頃には被害を食い止めることができたのです。
ただ、スペインワインは1960年代まで一部の産地のものを除き、安価なワインというメージを払拭できずにいました。しかし、第二次世界大戦や内戦などで疲弊した農業を立て直すために各地で協同組合が生まれ、スペイン国内でのぶどう栽培技術が格段に向上します。そして、1980年代以降にはプリオラート(Priorat)、リアス・バイシャス(Rías Baixas)、ラ・マンチャ(La Mancha)などの産地でも高品質なワインが誕生するようになります。また、1986年にはEUへの加盟により、ワインの輸出量も増加。そして、21世紀にはスペインワインの世界での地位は確固としたものになっています。
病害から生まれた貴腐ワイン
灰色カビ病の原因となるボトリティス・シネフレア菌が収穫間際のぶどうにある一定の状況で付着すると、貴腐菌と呼ばれます。貴腐菌の付いたぶどうは濃厚な甘さを持つ高級ワイン、貴腐ワインの原料となります。
ボトリティス・シネフレア菌が貴腐菌になるためには、以下の条件が必要とされます。
l 朝に霧が出て、菌の生育に適した温度、湿度になること。
l 日中は晴れて乾燥し、水分が蒸発すること。
l 以上2つの条件が1ヶ月以上続くこと。
以上のような奇跡的ともいえる条件の下、リースリングやセミヨンなどの白ワイン用のぶどうが貴腐菌に感染すると、ぶどうの果皮の蝋質が溶かされた状態で実の水分が蒸発し、果汁が凝縮され、糖分の高い貴腐ぶどうが生まれる、というわけです。しかし、以上のような条件は当然のことながら滅多に揃うものではありません。そのため、ボトリティス・シネフレア菌に感染したぶどうのほとんどは腐敗してしまうのです。
また、貴腐ワインになる貴腐ぶどうの収穫と選果、そしてその後の貴腐ワインの醸造は通常のワインの何倍もの手間がかかるとされています。あるワイナリーでは、1本のぶどうの木からできる貴腐ワインはたったグラス1杯分だけ、と言っていることからもわかるように、貴腐ワインは非常に貴重なものなのです。
それほどまでに貴重な貴腐ワインの味わいは、極甘口。そして、独特のすばらしい芳香があります。そして、最上級の貴腐ワインは甘さだけで無く、酸もしっかりと残り、バランスの取れた味わいです。貴腐ワインのペアリングにはブルーチーズなどのクセの強いチーズやフォアグラなどの濃厚な料理が定番。また、バニラアイスやフルーツケーキ、パイナップルも合うと言われています。
まとめ
ワインの原料となるぶどうの病害、病害を免れたスペインワインの歴史、病害から生まれた貴腐ワインについて、解説しました。
ぶどうがさまざまな病害などを乗り越え、無事に育ってくれるからこそ、美味しいワインができあがるのですね。そのことに想いを寄せると、ワインをいつもよりもさらにじっくり、ゆっくりと、味わいたくなります。