アンダルシア州の世界遺産・ヨーロッパでイスラムの香りを感じる アンダルシア州の世界遺産・ヨーロッパでイスラムの香りを感じる

アンダルシア州の世界遺産・ヨーロッパでイスラムの香りを感じる

アンダルシア州(Andalusia)には8つの世界遺産があり、その内4ヶ所がイスラムにまつわる世界遺産です。

一見地味な外観がイスラム建築の特徴で、偶像崇拝を禁止するため、絵画や像などが置かれていないのも特徴です。その代わり、内部には細かい細工が施されています。

代々の王は絨毯を床に敷き、寝転びながら、宮殿内の景色を眺めていたそうです。

日本人が「スペイン」と聞いて思いつくもの(闘牛やフラメンコなど)がそろうアンダルシア州は、最もスペインらしい州と言えるかもしれません。

イスラムの時代にもワインと縁があったコルドバ

ダマスカス(Damascus,現在のシリア, Syrian Arab Republic)からイベリア半島(Península Ibérica)へ逃げ延びたアブド・アッラフマーン1世(Abd al-Ramān I)が後ウマイヤ朝(Umayya)の首都としたコルドバ(Córdoba)には、かつては約300のモスクや無数の宮殿が建てられていました。


その繁栄の時代を今に残すのが、アブド・アッラフマーン1世時代の785年ころに建設を開始し、約200年に渡って増改築を繰り返して完成したメスキータ(Mezquita)です。

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メスキータは、スペイン語で「モスク」を意味します。メスキータの面積は24,000㎡で、かつては約25,000人の信者を収容していました。

約850本の柱が、白と赤の縞模様の馬蹄式アーチを支える「円柱の森」(Bosque de Columnas)は、メスキータを象徴するスポットです。

メスキータの他の見どころとしては、イスラム教徒がメッカに向かって祈る方向に設けられた壁の窪みで、ビザンチンモザイク(Byzantine mosaics)の装飾があるミフラーブ(Mihrab)やミフラーブの手前にある王族の礼拝所で、ドーム天井が美しいマクスラ(Maksura)などがあります。

コルドバのレコンキスタ(Reconquista,キリスト教徒によるイベリア半島の再支配)後の1236年、カスティーリャ王国(Reino de Castilla)フェルナンド3世(Fernando III)の時代に、メスキータはキリスト教の大聖堂へと代わっていきました。

敷地内には、もともとメスキータ付属の塔であるミナレット(minaret)として建てられ、レコンキスタ後に鐘楼になった塔もあります。

メスキータの北側には、10世紀からレコンキスタまではユダヤ人が暮らしていた旧ユダヤ人街(La Juderia)が広がり、ローマ橋(Puente romano de Cordoba)を渡ったメスキータの対岸には、ローマ橋を守るために造られたカラオーラの塔(Torre de la Calahorra)が建っています。

カラオーラの塔は、14世紀にカスティーリャ王国アルフォンソ11世(Alfonso XI)がイスラム時代の要塞跡に建てたムデハル様式(Mudéjar)の王宮アルカサル(Alcázar)やメスキータと共に、「コルドバ歴史地区」(Centro histórico de Córdoba)として世界遺産に選ばれました。

コルドバの西約8kmにあるメディナ・アサアーラ(Medina Azahara)は、アブド・アッラフマーン1世の孫であるアブド・アッラフマーン3世(Abd al-Ramān Ⅲ)が、カリフ(Caliph,イスラム国家の最高権威者)政権の本拠地として10世紀半ばに建てた離宮です。

メディナ・アサアーラは「花の都」という意味で、愛する妃の名にちなんでつけられました。

アブド・アッラフマーン3世の子であるアル=ハカム2世(al-akam II)時代には、図書館の蔵書が40万冊以上にあったそうです。グラナダにあるアルハンブラよりも規模が大きかったメディナ・アサアーラですが、完成して半世紀で、ベルベル族(Berber)に焼き払われてしまいます。

その後、1910年に発掘が始まり、2018年に「カリフ都市メディナ・アサアーラ」(Ciudad califal de Medina Azahara)として世界遺産に選ばれました。

イスラム教ではお酒を飲むことは禁止されていますが、後ウマイヤ朝時代には、キリスト教徒に販売するため、ワインを造っていたそうです。

アル=ハカム2世のころ、ワイン用のぶどうの収穫量が多過ぎてワインが残ってしまい、無駄にするのは忍びないので、ぶどう農家の人がイスラム教徒に売っても良いかを相談に行ったそうです。

アル=ハカム2世は神学者などと相談しましたが、経済よりも宗教が大事ということで、結局ワインを川に流すことになりました。ちょっともったいないですね。

この時代のアンダルシア地方一帯(アル=アンダルス, Al-Ándalus)の公用語はアラビア語で、キリスト教徒もアラビア語を話していました。アルコール(alcohol)も、アラビア語由来の言葉です。

話は変わりますが、春には「モンティーリャ・モリレス・ワイン試飲会」(Cata del Vino Montilla-Moriles en Córdoba)が開催されるので、コルドバを訪れるならば、この時期がおすすめです。

タパスの本場セビージャでタペオと世界遺産巡り

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続きまして、セビージャの世界遺産「セビージャの大聖堂、アルカサルとインディアス古文書館」(Catedral, alcazar y Archivo de Indias de Sevilla)をご紹介します。

アルカサルは、14世紀から現在まで現役で使われている、王家の宮殿です。

もともとは、後ウマイヤ朝の宮殿だった場所に、10世紀にアッバード朝(Abadí)がアル・ムバラク宮殿(Palacio de al-Mubarak)を造り、その後ムラービト朝(almorávides)、12世紀にムワッヒド朝(Almohades)が新たな宮殿を建てます。

セビージャのレコンキスタ(1248年)後、アルフォンソ10世(Alfonso X)は、ムワッヒド朝の宮殿をゴシック様式(Gothic Style)の宮殿に改築します(Palacio Gótico)。

また、1356年から1366年には、ペドロ1世(Pedro I)がムデハル様式(Mudéjar,キリスト教建築とイスラム建築の折衷様式)でゴシック宮殿の隣に新たな宮殿を造りました。(Palacio del Rey Don Pedro)

ペドロ1世宮殿の外観(ファサード、Fachada del Palacio del Rey Don Pedro)は、グラナダのアルハンブラから呼び寄せた職人が手掛けました。

宇宙の星空をイメージして金箔飾りを施したドーム天井が美しい「大使の間」(Salón de Embajadores)は、オレンジを半分に割ったような形のドーム天井から、「ハーフオレンジの間」(Sala de la Media Naranja)とも呼ばれています。この天井のドームは、1427年に造られたものです。

アルカサルの北側にある大聖堂は、ムワッヒド朝のモスクが建設された跡地に、15世紀から16世紀初めに約100年かけて建てられた世界最大のゴシック寺院です。

キリスト教の教会としては、ローマのサン・ピエトロ大聖堂(Basilica di San Pietro in Vaticano)、ロンドンのセント・ポール大聖堂(St Paul's Cathedral)に続く規模を誇ります。

主祭壇(Retablo Mayor)に置かれた、聖書に関する1,000体以上の彫刻がはめ込まれた衝立てやムリーリョ(Bartolomé Esteban Murillo)の連作が飾られた参事会室(Sala Capitular)、コロンブスの墓(Sepulcro de Cristóbal Colón)などが大聖堂の見どころです。

敷地内にあるヒラルダの塔は、ムワッヒド朝時代にミナレットとして建てられ、16世紀に鐘楼へと代わりました。

ヒラルダの塔は、ヒラルディージョ(Giraldillo)と呼ばれる「勝利の女神」型風見鶏まで入れると、高さは約100mあります。馬で上れるよう、階段の代わりに、らせん状のスロープが展望台まで続いています。

アルカサルと大聖堂の間にあるインディアス古文書館は、16世紀末、フェリペ2世(Felipe II)の時代にファン・デ・エレラ(Juan de Herrera)によって設計された旧商品取引所(Casa Lonja de Mercaderes)を再利用した施設で、コロンブス(Cristóbal Colón)やマゼラン(Ferdinand Magellan)などの自筆文書を見ることができます。

さて、世界遺産を見学してお腹がすいたら、アンダルシア州発祥のタパス(Tapas)を食べに、バル巡りはいかがですか。タパスを食べにバルをはしごすることはタペオ(Tapeo)と呼ばれ、アンダルシア州では一般的です。

タパスは、タパール(Tapar,スペイン語で「覆う、ふたをする」の意味)が語源で、ワイングラスに虫やほこりが入らないよう、ハムやチョリソーでふたをしたことに始まる、とも、13世紀のアルフォンソ10世(Alfonso X)時代に、飲み過ぎを防ぐため、お酒を1杯飲むたびに、1品つまみを取らせたことに始まる、ともいわれています。

セビージャには、約3,000軒のタパス・バルがあるそうです。

生ハムが天井から何本もぶら下がり、大量の酒樽が置かれた昔ながらの立ち飲みバルから店内もメニューもスタイリッシュなニューカマーまで、お店はよりどりみどりです。

豚ロースをウィスキーのソースで調理したソロミージョ・アル・ウイスキー(Solomillo al whisky)は、セビリアの名物料理。

夏ならば、赤ワインをレモネードで割ったティント・デ・ベラノ(tinto de Verano,スペイン語で「夏の赤」という意味)を合わせてみてはいかがですか。

イスラム政権終焉の地グラナダで無料タパスに舌鼓

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グラナダには、「グラナダのアルハンブラ、ヘネラリーフェ、アルバイシン地区」(Alhambra, Generalife y Albaicín de Granada)という世界遺産があります。

アルハンブラ(Alhambra)は、アル・ハムラー(al-amrā, アラビア語で「赤い城」という意味)が名前の由来の、ナスル朝(Nar)グラナダ王国(Reino de Granada)時代の宮殿です。

高さ790mのサビーカの丘(Colina de la Sabika)に建つアルハンブラ。ムハンマド1世(Muhammad I)の時代(在位1230~1272年)に建設を開始し、ムハンマド5世(Muhammad  V)時代の14世紀後半に完成しました。

アルハンブラの一番の見どころであるナスル宮殿は、

メスアール宮(Mexuar)、コマレス宮(Palacio de Comares)、ライオン宮(Palacio de los Leones)

の3つのエリアからなります。

メスアール宮は、イスマーイール1世(Ismā`īl I)時代に、裁判などを行う場所として建てられました。 

ユースフ1世(Yusuf I)時代に建てられたコマレス宮には、水鏡のようにコマレスの塔(Torre de Comares)を映し出す池がある「アラヤネス(天人花)の中庭」(Patio de los Arrayanes)やコーランの一部などを文様化したアラベスク(Arabesque)模様が見どころの「大使の間」(Salón de Embajadores)などがあります。

ムハンマド5世時代に建てられたライオン宮には、同じ大理石の敷石が双子のように左右にあることから名がついた、「二姉妹の間」(Sala de Dos Hermanas)があります。

「二姉妹の間」の見どころは、八角形でムカルナス(Muqarnas,小さいアーチを組み合わせた蜂の巣状の飾り)が施された天井です。ライオン宮には、12頭のライオン像が水盤を背中で支える噴水がある「ライオンの中庭」(Patio de los Leones)などもあります。

9世紀には完成していたとされるアルカサバ(Alcazaba)は、ナスル朝の時代に増改築された城塞で、ナスル宮殿が完成する前のムハンマド1世や息子のムハンマド2世(Muhammad II)の時代には、ここを住居としていました。

13世紀末に建てられたヘネラリーフェ(Generalife)は、ナスル朝の歴代の王が利用した別荘で、「水の宮殿」とも呼ばれます。

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宮殿の敷地内にある、アセキア(Acequia,長細い池)を中心に花々が咲き乱れるアセキア庭園(Patio de la Acequia)は、コーランに描かれた楽園をイメージして造られたとされ、イスラムの詩人に称えられてきました。

ナスル朝の最後の王ムハンマド11世(Muhammad Ⅺ、あだ名は「ボアブディル」,Boabdil)が、1492年にイサベル1世(Isabel I)・フェルナンド2世(Fernando II)夫婦にアルハンブラを明け渡したことで、約800年かかったレコンキスタは完了します。

16世紀には、ナスル宮殿の一部を壊し、イサベル1世とフェルナンド2世の孫であるカルロス1世(Carlos I=神聖ローマ帝国のカール5世,Karl V)が、建築家ペドロ・マチューカ(Pedro Machuca)による、ルネサンス様式(Renaissance)のカルロス5世宮殿(Palacio de Carlos V)を建てました。

カルロス5世宮殿の内部には、グラナダ美術館(Museo de Bellas Artes de Granada)やアルハンブラ博物館(Museo de la Alhambra)が入っています。

アルハンブラは、ナポレオン(Napoléon Bonaparte)に一部を破壊されましたが、1870年には国定記念物になりました。

ちなみに、アルハンブラには、「Bib al-hamra'」(「赤の門」または「アルハンブラの門」という意味)と「Bib al-jamra」(「ワインの門」という意味)を取り間違えてワインの門(Puerta del Vino)と名前がついたといわれる門があります。

馬蹄型のアーチが特徴のワインの門では、レコンキスタ以後に、ワインを販売する市場が開かれていたそうです。

ナスル宮殿の敷地内には、イサベル1世とフェルナンド2世の命令で建てられた修道院を改装した、パラドール・デ・グラナダ(Parador de Granada)という宿泊施設があるので、観光客があまりいない夜間や早朝に散策してみたい方は利用してみると良いかもしれません。

宿泊しなくても、レストランやカフェの利用は可能なので、観光途中にワインを飲みながら休憩することもできますよ。

アルハンブラからダーロ川(Río Darro)をはさんで対岸にあるアルバイシン地区(Albaicín)には、アルハンブラ全体を眺めることができるサン・ニコラス展望台(Mirador de San Nicolás)があります。

なお、グラナダには、バルでドリンクを注文すると、無料でタパスがついてくるサービスがあるので、何軒かのバルをはしごしてみるのもおすすめです。

旧市街の中心部にあるヌエバ広場(Plaza Nueva)周辺にはバルなどの飲食店が集まっているので、サン・ニコラス展望台を訪れた後に立ち寄ってみるのも良いでしょう。

他にもまだあるアンダルシア州の世界遺産

アンダルシア州の他の世界遺産としては、

ハバルキント宮殿(Palacio de Jabalquinto)やディエゴ・デ・シロエ(Diego de Siloé)が設計した、カール5世(Karl V)の私設秘書フランシスコ・デ・ロス・コボス・イ・モリーナ(Francisco de los Cobos y Molina)一族の葬儀用礼拝堂であるサルバトール礼拝堂(Capilla de El Salvador)などが見どころの

「ウベダとバエーサのルネサンス様式の記念碑的建造物群」(Conjuntos monumentales renacentistas de Úbeda y Baeza)

新石器時代と青銅器時代に、太陽や死者を崇拝するために建てられた巨石記念物であるドルメン(Dólmen,支石墓)3基と奇岩が林立するエルトルカル(El Torcal)などが構成要素の

「アンテケラのドルメン遺跡」(Dólmenes de Antequera) 

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第7代メディナ・シドニア公(Ducado de Medina Sidonia)が、貴族の狩猟場だった場所に妻のアナ(Ana)のため宮殿を造ったことから、ドニャーナ(Doñana,アナ夫人)という名がつき、様々な鳥類が見られる湿地帯がD.O.コンダード・デ・ウエルバ(Condado de Huelva)の南側に位置する

「ドニャーナ国立公園」(Parque Nacional de Doñana) 

アンダルシア、アラゴン(Aragón)、カスティーリャ・ラ・マンチャ(Castilla-La Mancha)、カタルーニャ(Cataluña)、ムルシア(Murcia,)、バレンシア(Valencia)の6州に点在していて、アンダルシア州では、ロス・レトレロス洞窟(Cueva de los Letreros)などで先史時代の壁画が見られる

「イベリア半島の地中海入り江のロック・アート」(Arte rupestre del arco mediterráneo de la Península Ibérica) 

があります。

まとめ

世界遺産が多いアンダルシア州には、原産地呼称を受けたワイン産地やタパス・バルもいっぱいあります。

ぜひ、観光の合間にバルに立ち寄って、お気に入りのワインを見つけてみてください。

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