AIの時代だからこそ際立つ、ソムリエというプロフェッショナル AIの時代だからこそ際立つ、ソムリエというプロフェッショナル

AIの時代だからこそ際立つ、ソムリエというプロフェッショナル

AIが世界を騒がせている。AIはもはや生活の一部となりつつあり、あらゆる業界や現場で使用されるようになると言われている。ワイン業界でも業務管理や顧客対応において、効率性・ 正確性・ 迅速性が最優先される領域にAIシステムを導入するケースが増えている。しかし、「早くて便利で正確であることが一番」という考えがあてはまらない職務も存在する。その代表格がソムリエという専門職であろう。AI時代においてソムリエの職務にどのような変化が起き、どのようなことが期待されるようになるのだろうか。シティホテルやリゾートホテルで長きにわたりレストランマネジメントや人材育成に従事し、ソムリエとしても豊富な経験を持つ、スコルニ・ワイン営業統括本部長の齊藤邦久氏に話を聞いた。

 

――AIの導入により、ワイン業界にもメリットがもたらされるのではないでしょうか。

 

確かに、ワインの在庫管理や、定型としてのワインリスト作成などはより効率よく行えると思います。一般消費者にとっても、ワイン診断やタッチパネルでの選択式注文など便利なAIツールが増えましたね。ChatGPTにワインについて質問すると、瞬時に多くの情報が得られ、その精度もなかなかに高いと思います。ソムリエのアドバイスが無くとも、ある程度まで自分だけで好きなワインをスピーディに割り出し選べるようになりました。ソムリエに対面で質問するのは恥ずかしいけれど「AIなら平気」という人もいますよね。AIとうまく共存していくべきだと思いますよ。

 

ただ、AIは予めプログラムされたルールやデータに基づいて適切な回答を生成しているだけです。60点とか70点程度の一般的な回答しかくれません。それで十分な場合もあるかもしれませんが、実のところワインを選んでいるのは、AIではなくAIを使っている自分自身なんですよ。AIは入力された質問やキーワードに対し、ただ反応しているモデルなのですから。

一方、ソムリエは、お客様自身が思ってもみなかったワインを提案したり、AIの回答によってさらに迷ってしまったお客様に二次的なアドバイスしたりすることができます。「一般的にはこのワインが良いが、あなたには別のワインのほうが合っている」とか、「この場合はこのワインのほうが良い」とかね。個別かつ具体的な提案を生み出せるのです。お客様が自分では選べなかった、知らなかったワインを提案できるのです。

AIはお客様本人が意図しないことは見抜けないし、見抜こうとする意志も無いのですからね。ソムリエはお客様が意図しないワインを選べるのです。お客様にとっての新しい発見、ワインとの新しい出会い、ワインとの一期一会を起こせるのがソムリエです。

 

 

――そうですね。ChatGPTが、特別に個人的なアドバイスをくれたことはないと思います。また、レストランでワインと食事を本格的に楽しみたい場合、ソムリエの代わりにAIにサービスをしてもらうことは無理ですよね。ソムリエにワイン選びやサーブをお任せしていると、ワインと食事が格段に美味しく感じられて驚いた経験が何度もあります。

 

ソムリエとして最高のサービスを提供するには、高度な専門知識と技能、豊富な経験が求められます。

レストランでお客様全員が同じコース料理を食べるとしても、料理に合わせられるワインの選択肢はひとつではありません。泡、白、赤、甘口、辛口・・・・・・組み合わせの可能性はそれこそ膨大です。お客様の好みは様々でみんな違うワインを飲みたいかもしれない。その日の個々の状況や天気などによって、お客様みんな気分も体調も違います。ワインと料理のペアリング(組み合わせ)に間違いはなくても、その日の状況によってはお客様に気に入ってもらえずマリアージュ(結婚)にならない場合もありますからね。

そんな複雑な条件のなかで、お客様一人一人にとってマリアージュとなるよう、ワイン選びのカスタマイズをするのがソムリエです。例えば「この料理ならサンセールのソーヴィニヨン・ブランが良いかもしれませんが、今回はちょっと冒険して他のワインを選んでみませんか?私にお任せください」などと能動的かつ積極的に提案していくことも大事です。しかし、決して押しつけるような提案になってはならないのです。

その提案を受け入れてくれたら、最適なサーブをすることが求められます。「ソムリエにワイン選びやサーブをお任せしていると、ワインと食事が格段に美味しく感じられて驚いた」と言われましたね。それは、そのときのソムリエがデキャンタジュなどを含め、個別の状況を十分に考慮して最適なサーブをしたからなのですよ。

 

――レストランでそうした経験をするたびに、次回への期待度が高くなりました。

 

 

ソムリエはもともと答えが無い場所に飛び込み、そのときの状況に応じてベストな提案を創出しなければなりません。「前回はこうだったけど、今回はこうしませんか」と異なる提案をする必要もあります。その提案を言葉で明確に説明し、理解してもらい納得してもらわないといけません。納得してもらえなければ、別の提案を出す必要もあります。

こうした交渉力と説得力や、様々な条件をつなぎ合わせて新たな提案をする創造的な思考は、AIではなく人間のほうが得意で優れています。AIはそもそも誰かのために一生懸命提案を考えて、それを気に入ってもらいたいという感情が無いのですから。

そうした提案力を磨くには、情報のインプットとアウトプットを繰り返すことが大切です。

産地、栽培、醸造、風味、最適なサーブ方法・・・・・・ワインについてインプットしておくべきことは膨大です。料理についても和洋中はもちろん、世界各国の料理について広く知らなければなりません。そのうえで最も得意な分野を持つことが重要です。インプットしただけではただの情報の蓄積に終わってしまい、使える知識にはなりません。ですからお客様との対話のなかで、どんどんアウトプットしていくことが必要です。

お客様との対話から様々な可能性を引き出し、得た情報をメモに取って覚え、その日の状況や天気を考え、その日のベストなワインと料理を探って決めていく。実際にサーブをする。それを繰り返すことで、お客様一人一人にとって最も良い提案とサービスができるようになるのです。

その提案とサービスは他のソムリエと異なるかもしれない。自分より優れているソムリエは他にたくさんいるかもしれない。でも、このお客様へのサービスだったら自分は誰にも負けない。ソムリエはみんな、こうした自負を持って日々仕事をしているのですよ。

 

 

――まさに顧客主義ですね。顧客と向き合い、顧客に満足してもらうことが、高度な専門知識と技能を持つ真のプロフェッショナルの必須条件であると言われています。

 

そのとおりです。自分のありとあらゆる知識と技能で、最高の場を演出し心からおもてなしをする。あるいは、各テーブルのホストを精魂込めてサポートをする。お客様には来た時よりも帰るときの方が元気で楽しい気分であってほしい。これがソムリエの務めであり、それができたら成功です。

「楽しかった。美味しかった。勉強にもなった。あなたがいるからここに来るし、あなたが選ぶからこのワインを飲み、この料理を食べるのですよ」

そう言ってくれる人を何人持つことができるか。それが、ソムリエとして非常に重要なことなのです。そう言われることに、ソムリエとしてのやりがいと生きがいを感じ、自分のサービスに責任とプライドを持っているのです。AIにそんな責任感やプライドはありませんよ。

 

――お客様に満足してもらうには相当なエネルギーが必要かと思います。ソムリエを長く続けているのはどのような人なのでしょうか?

 

非常に負けず嫌いで、並みはずれた意地とプライドを持つ人が多いですね。人が好きで人に興味があり、向上心、好奇心、探求心を常に持っています。自分が興味を持つことを深ぼりすることがとても好きですね。毎日がオープン初日または千秋楽といった大切な時間だという気持ちでお客様に向き合っているソムリエも多いでしょう。 

また、語彙力と表現力に優れ、お客様と状況に合わせた当意即妙な言語化に非常に優れています。AIは自らワインを飲むことはありませんが、人間は自分でワインを飲み、味覚経験値を高めることができます。様々な産地の様々なワインを飲み、舌で覚え、味わいを言語化し、自分のデータベースとして蓄積していきます。この味覚経験をベースに、優れたソムリエはその場にぴったりとはまる独自の表現をアウトプットします。自分の好きなワインの場合に熱が入りすぎることがなく、常にニュートラルでバランスが良い表現ができるのも特徴です。

 

 

――AI時代においてソムリエの職務にどんな変化が起きるのでしょうか。また、どんなことが期待されるようになるのでしょうか。

 

ソムリエとは、お客様一人一人に特別な経験を提供するプロフェッショナルです。これはいつの時代も変わりません。ただ、消費者もワインに関する豊富な知識を持つようになってきており、ソムリエを必要とする飲食店の数も減ってきています。AIなどのテクノロジーの進化そして時代の変化にともない、ソムリエというプロフェッショナルであり続けることの難度は格段に上がっています。こんななか、AIにも出せる60点から70点程度の一般的な提案しか出せないソムリエは、今後徐々に行き場が無くなってくるものとも思われます。これは如何ともしがたい現実なのかもしれません。

ただ、こうした時代になったからこそ、普遍的な事実があらためて浮き彫りになってきたのではないでしょうか。高度な専門知識と技能、豊富な経験にもとづき、お客様に最高のサービスを提供するプロフェッショナルであってこそ、ソムリエと呼ばれて多くのお客様の支持を得て続けていけるのだと。

これまでにも増して求められるのは、長期的なビジョンを持つことだと思います。3年、5年、10年後などを見据え、自分がどのような働き方をしていくべきなのか常に先を読み計画的に動くことが非常に重要になってきます。それには未来に向けて、自分なりの疑問を立てることが必要です。例えば私は現在スペインワインを取り扱っており、スペインワインの今後の状況についていつも考えを巡らせています。当然、現地のワイナリーとも頻繁にコンタクトをとり情報を収集します。地球温暖化によってスペインの各地域の気候は今後どう変わっていくのか。ワインにどんな変化があるのか。どこでどんなワインを仕入れて販売していくのが良いのか。非常に難しいことで悩みも尽きませんが、このように未来への疑問を立て、より明確に目標を設定し達成しようと日々尽力しています。

インポーターは、ワイン造りに関わる人々と皆さまのテーブルを繋ぐ役割として、非常に責任感と決断力が必要です。しかし、それこそがやりがいです。

今後もAIと上手に関わりながら、人としてワインに携わりたいという若者が増え、わくわくするような業界を目指していきます。

たくさんのワインがたくさんの国、たくさんの人々に広がりを見せることが楽しみですね。

 

聞き手・文:冨永真奈美

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