今、地球が直面している温暖化や貧困、紛争などの問題。それらの問題を解決し、この地球を未来の世代に末長く引き継いでいくために、世界全体で取り組んでいくことが必要とされている目標がSDGsです。
この記事ではスペインでのSDGsの取り組みについて、主にワイン醸造を中心として解説していきます。
スペインの国としてのSDGsへの取り組み
SDGsはSustainable Development Goals(持続可能な開発目標)の略称で、2030年を期限とした17項目の世界共通目標として2015年の国連サミットで193の国と地域による全会一致として採択されました。スペインでは『ODS(オ・デ・エセ、Objectivos de Desarrollo Sostenibleの略称)』または『Agenda2030(アヘンダ2030)』と呼ばれています。
国連による『持続可能な開発に関する報告書2020』のレポートでスペインが高評価を与えられた項目には以下のようなものがあります。
- 「すべての人に健康と福祉を」
スペインの平均寿命は83歳で世界第3位です。ちなみに、1位は日本の84.3歳です。
- 「ジェンダー平等を実現しよう」
スペインの国会の女性議席数は2019年で47%、2020年には44%となっており、目標の50%にかなり近づいています。日本の女性議席数9%と比べるとかなり高い割合です。
- 「エネルギーをみんなに、クリーンに」
スペインの総電力出力あたりの電気・暖房用燃料燃焼によるCO2排出量は目標値の0に近づいています。
また、スペインではSDGsの採択以前の2007年に『スペイン持続可能な開発戦略』が策定されています。これは経済活動と環境・社会問題の解決を両立する、持続可能な開発モデルの探究にスペインが熱意を持って取り組んでいる現れといえるでしょう。その他にも、スペインは世界レベルでの自然保護を目指した協定や気候変動や大気汚染を規制するさまざまな協約を結んでいます。
スペインのワイン造りとSDGs
ここからはスペインのワイン造りとSDGsについて解説していきます。
ぶどうの有機栽培が盛んなスペイン
有機ワイン造りはSDGsの実現につながる取り組みだと考えられています。有機ワイン、と認証を受けるためには醸造に使われるぶどうが有機農法、つまり、化学合成の農薬や肥料を使わず、周辺の環境とバランスを取りながら栽培されている必要があります。
農薬や化学肥料の使用を減らすことができれば畑にトラクターを入れる回数も減少し、その分のCO2排出量が減ります。さらに土壌の生命力が蘇り、農薬による働き手の健康被害や環境への負担も避けることができるのです。また、農薬と労働力にかかるコストの削減も可能になります。
近年スペインではぶどうの有機栽培面積が急増中です。2018年には11.3万haで有機栽培のぶどう畑を有し、ぶどう栽培全体の12.1%が有機栽培となっています。これはイタリア、フランスに次ぐ、世界有数の高い占有率となっています。
「キング・オブ・スペイン」の環境保全への取り組み
バルセロナ(Barcelona)近郊、ペネデス(Penedès)地方でぶどう栽培300年、ワイン醸造150年の歴史があり、「キング・オブ・スペイン」、「カタルーニャの星」との呼び声の高い名門ワイナリー『トーレス(Torres)』ではさまざまな環境保全の取り組みを行っています。
ワイナリーの敷地内には太陽光パネルを設置し、発電された電力は工場の動力や空調に使用。広大な自社農園では土壌の特性によって圃場を分け、それぞれに適したぶどう品種を栽培することで農薬の使用をできるだけ抑えています。また、年間の温度変化が少ない地下水を汲み上げ、ワインの保管庫の温度管理に活用する配管設備や地下水の利用を抑えるための貯水池などを使用しています。さらに、同社所有の8割の車両は電気自動車やハイブリット車です。実際、トーレスのワイナリーを訪れると電気列車に乗って見学することができます。
また、消費者にとって身近な取り組みとして軽量ワインボトルの採用が挙げられるでしょう。従来の重厚感のあるボトルは運搬に過剰なエネルギーを必要とし、環境に大きな負荷がかかることが懸念されます。そのためトーレスではワインボトルの軽量化を図り、輸送に伴うCO2排出量を削減しているのです。
このようなトーレスの取り組みは単なるイメージ戦略ではありません。ぶどうの栽培は自然環境の影響を大きく受けるため、地球温暖化はワイナリーとって切実な問題なのです。
ここ30年でペネデスの平均気温は1.2度も上昇しました。その結果、ぶどうの生育サイクルは早まり、収穫が10日ほど早まっています。その他、ぶどう栽培に大きくダメージを与える霜や雹、干ばつや熱波などの異常気象がこれまでなかったような時期に頻繁に起こっているのです。
実際、スペイン全土で2017年には4月に霜が降りるという異常気象により、ぶどう畑に甚大な被害を与えています。また、2019年には猛暑と干ばつのため、カタルーニャ 州(Catalunya )タラゴナ県(Província de Tarragona)のワイン産地、プリオラート(Priorat)のぶどう収穫量は例年の約3割減となる事態に陥りました。
トーレスはこのような地球環境の変化を憂慮し、2008年に環境保全プログラム『トーレス&アース(Torres & Earth)』を立ち上げ、収益の11%を毎年このプログラムに充てています。
カヴァ・デ・グアルダ・スペリオールを100%オーガニックに
カヴァ(Cava)は瓶内で二次発酵を行う製法で製造されたスペイン伝統のスパークリングワイン。カヴァ・デ・グアルダ・スペリオール(Cava de Guarda Superior)はその中でも上位ランクで、18ヶ月以上の熟成期間を必要とするカヴァ・レセルバ(Cava Reserva)、30ヶ月以上の熟成を行うカヴァ・グラン・レセルバ(Cava Gran Reserva)、限定地域種を用い、36ヶ月以上熟成を行うカヴァ・デ・パラへ・カリフィカード(Cava de Paraje Calificado)の3つのカテゴリーから構成されています。
カヴァ原産地呼称統制委員会は新たに導入した厳しいカヴァ生産規制の中で、カヴァ・デ・グアルダ・スペリオールの生産を2025年までに100%オーガニックとすることを決定しました。同規制では他にも長期熟成、ぶどう樹齢10年以上、1ヘクタールあたりのぶどう生産量を10,000kgまで制限すること、ボトルへの収穫年表示など、収穫から瓶詰めまでを保証する綿密なトレーサビリティを約束し、ワインの品質基盤を強化しています。
カヴァ原産地呼称統制委員会の会長ハビエル・パジェス(Javier Pagés)は「今回の規制による配慮が産地の保護に必ず繋がると考えています」と語り、カヴァ産業の持続可能性への取り組みを示唆しています。カヴァ原産地呼称統制委員会の新規制はSDGsの概念にしっかりと寄り添うものとなっているのです。
「乾いた土地」ラ・マンチャを持続可能にするぶどうの木
スペインの全ぶどう作付面積のほぼ半分が存在するカスティーリャ・ラ・マンチャ州(Castilla la Mancha)。中でもその生産地域はラ・マンチャ地方に集中しています。
「マンチャ」の地名はアラビア語の「乾いた土地」に由来すると言われています。年間降雨量が300mm〜400mmほどしかないラ・マンチャの地の砂漠化を食い止めるのに役立っているのが実はぶどうの木なのです。ぶどうの木は他の動植物に日影を与え、土壌の有機物を増やすのに貢献しています。
また、ぶどう栽培とワイン産業はこの地方の過疎化を食い止めるのにも役立っています。都市部への人口集中はスペインでも進んでいて、内陸部は過疎化の一途を辿っているのが現状です。しかし、ぶどう栽培とワイン産業の存在はラ・マンチャのような地方に大きな雇用を作り出し、住民を地元に定着させる手助けをしていますd。
また、ぶどう栽培とワイン産業のみならず、ワインをテーマとした観光「エノツーリズム」もこの地方に大きな成長潜在力を与えています。原産地呼称(DO)ラ・マンチャだけでも160の地域をまとめているため、エノツーリズムにとって、非常に魅力のあふれる地域なのです。スペインのぶどう栽培地をたどる「ワインルート」の新たな主役として、ラ・マンチャ地方は大きな注目を集めつつあるのです。
まとめ
スペインでのSDGsの取り組みについて、主にワイン醸造を中心として解説しました。
ワイン造りは人類がその歩みと、そして大地とともに古くから行ってきた技と文化ですが、今、そのワイン造りこそが世界共通目標であるSDGsにむけて、リーダーシップを発揮しうる重要な存在の1つだと言えるのではないでしょうか。スペインワインを愛好する私たちもその背景にあるSDGsの問題について心を寄せてみると、これまでとはまた違った楽しみ方ができるのかもしれません。