イスラムと西欧の独自の融合・アラゴン州の食と文化について イスラムと西欧の独自の融合・アラゴン州の食と文化について

イスラムと西欧の独自の融合・アラゴン州の食と文化について

マドリードとバルセロナの2大都市の中間に位置し、イスラム文化と西欧文化が独自の融合を見せてきたアラゴン州の食と文化について、その歴史を振り返りながら紹介していきます。

アラゴン州とは

アラゴン州(Aragón)はスペイン北東部に位置する州で、北はフランス、東はカタルーニャ州(Cataluña)州、南はバレンシア州(Comunitat Valenciana)、西はカスティーリャ=ラ・マンチャ州(Castilla-La Mancha)、カスティーリャ・イ・レオン州(Castilla y León)、ラ・リオハ州(La Rioja)、ナバラ州( Navarra)に接しています。ウエスカ県(Provincia de Huesca)、サラゴサ県(Provincia de Zaragoza)、テルエル県(Provincia de Teruel)の3つの県で構成されていて、州都はサラゴサです。

全体的な気候は大陸性の地中海性気候ですが、ピレネー山脈の高地から平野部までの大きな高低差のある内陸が広がっているため、北部は高山性気候、南部は大陸性の西岸大陸性気候、中東部は半乾燥性のステップ気候で多様な気候帯があります。

アラゴン州の歴史

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8世紀、イベリア半島はイスラム教徒によって征服されます。その際、ゲルマン人のフランク王国がピレネー山脈に数々の伯領(軍事指揮権を認められた貴族・またはその領地)によるスペイン辺境領を配置し、イスラム勢力との緩衝地帯としました。現在のアラゴン州のある地域には当時アラゴン、ソブラルべ(Sobrarbe)、リバゴルサ(Ribagorza )の3つの伯領がありました。バスク人(vascos)の王国・ナバーラ王国( Reino de Navarra)のサンチョ3世(Sancho III Garcés)はこの3つの伯領にまたがる大王国を築いたもののその死後に領土は分割、1035年にラミロ1世(Ramiro I) を王としてアラゴン王国(Reino de Aragón)が成立、ソブラルベとリバゴルサをも領土としました。

1137年にはアラゴン女王とバルセロナ伯の結婚により、アラゴンとカタルーニャは同君連合(いくつかの君主国を1人の君主が支配している形態)となります。この2つの地域は法律や議会は別々だったものの、アラゴン王国として認識されていました。アラゴン王国は13世紀にはバレアレス諸島(Islas Baleares)とバレンシア(Reino de Valencia)を征服し、シチリア王国(Regno di Sicilia)、ナポリ王国(Regno di Napoli)、サルデーニャ(Sardegna)の領土も併合、地中海帝国を築きます。

1479年、アラゴン王国のフェルナンド2世(Fernando II)とカタルーニャ王国のイザベル1世(Isabel I de Castilla, Isabel la Católica)の結婚により両国も同君連合となります。この同君連合の成立によってスペイン王国が誕生するものの、法律や議会は相変わらず別のままでした。カタルーニャとアラゴンがカスティーリャの法制度下に入り始めるのは18世紀のスペイン継承戦争後のことです。

1978年にスペイン新憲法が成立。1982年にはアラゴンの自治憲章が発効され、カタルーニャを除いたアラゴン王国の領土にアラゴン自治州が誕生しました。

アラゴン州の文化

アラゴン州の文化を象徴する建築物や祭りなどについて紹介します。

テルエルのムデハル様式の建築物

アラゴン州の10の建築物からなるムデハル様式の建築物は「アラゴンのムデハル様式の建築物(Edificio de estilo mudéjar de Aragón」として世界遺産に登録されています。ムデハル(mudéjar)様式とはイスラムの伝統的建築技術をキリスト教支配時代に進化させた建築様式のことです。

「アラゴンのムデハル様式の建築物」を構成し、また先駆けて世界遺産に登録されたのは4つの「テルエルのムデハル様式の建築物(Edificio de estilo mudéjar de Teruel)」でした。テルエル(Teruel)はアラゴン州の南部にあるテルエル県の県都でイスラム文化を色濃く残しています。テルエルという街の名もアラビア語の「雄牛」という意味。テルエルは12世紀にレコンキスタでキリスト教圏に入ったものの優れた技術を持ったムデハルと呼ばれるイスラム教徒が多く残りました。ムデハルはアラビア語で「残るものを許されたもの」を意味するムダッジャン(mudajjan)に由来しています。

テルエルのムデハルたちはイスラム建築の建材であるレンガや装飾タイルと、幾何学模様の寄木細工などと西欧的な建築を組み合わせムデハル様式の建築を数多く残したのです。

世界遺産「テルエルのムデハル様式の建築物」の4つの建築物を紹介します。

サン・ペドロ教会

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引用元:Wikipedia Photo by Diego Delso

サン・ペドロ教会(Església de Sant Pere)は14世紀に建てられ、その後修復と改装を重ねていますがイスラム風の雰囲気は損なわれていません。

18〜19世紀と世紀を跨いで20年近くかけ全面的に改造された本堂の装飾は赤と金を基調とした鮮やかな色彩でイスラム教のシンボル・八芒星の中にキリスト教のシンボルである十字架が描かれています。

本堂の祭壇はルネサンス様式で16世紀の作品で、上部にはバルセロナのガウディ作品も手掛けた工房が手掛けた鮮やかなステンドグラスがあります。天井には無数の八芒星が描かれていて夜空のように見え、他のキリスト教会にはない独特の荘厳さを放っています。

サン・ペドロ教会はムデハル様式であることだけではなく、ロミオとジュリエットのモデルとなったと言われている『テルエルの恋人たち』の墓があることでも有名です。13世紀、身分違いのディエゴとイサベルの2人の死を持って終焉する悲恋は伝説とされていましたが、1555年の修復工事に2人の亡骸が発見され、伝説が実話だったことが分かったのです。

サンタ・マリア・デ・メディアビーリャ大聖堂

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サンタ・マリア・デ・メディアビーリャ大聖堂(Cathedral of Santa María de Mediavilla)、別名テルエル大聖堂は国王アルフォンソ2世によってロマネスク様式で建てられた後、14世紀に後陣がゴシック・ムデハル様式に改築されています。

世界遺産に登録されているのは塔、屋根、ドーム部分で、1257年に出来上がった塔はアラゴンのムデハル様式の建築で最古とされ、スペインで最も優れたムデハル様式の建築物だと言われています。

大聖堂の天井装飾は非常に独特で、通常は王侯貴族などが描かれるところおかみさん、イスラム教徒、建築に関わった職人などの庶民の姿の人物画が描かれているのです。その色彩の豊かさもさることながら、歴史的にも民俗学的にも非常に貴重な天井装飾となっています。

サン・マルティン教会と塔

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引用元:wikipedia Photo by Kevin Rodriguez Ortiz

 

1196年にはすでにテルエルの街に存在していたとされるサン・マルティン教会(Iglesia de San Martín)は17世紀に改修されていますが、塔は14世紀初めに建てられています。
ロマネスク様式の細長い窓とレンガやタイルで作られた色鮮やかな寄せ木細工が美しいこの塔はテルエルにある他の塔と同じく見張り台の役目を果たすものでした。

エル・サルバドル教会の塔

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教会に隣接して建てられているエル・サルバドル教会の塔(Torre de Elsalvador)は14世紀に建てられたサン・マルティン教会の塔と瓜二つの塔。ただ、エル・サルバドル教会の塔の塔は建築中のミスで傾いてしまっています。4層に振り分けられた塔内を登ると最上階ではテルエル旧市街を一望することができます。

 

スペインで最も美しい村・アルバラシン

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テルエル県のアルバラシン(Albarracín)はテルエルから車で西に40分ほど、古いローマ時代の都市、ロベトゥム(Lobetum)の近くにある小さな村です。アルバラシンの名称の由来には諸説あり、アラブ人の家名アル=バヌ・ラジン(Al-banu Razin)がもとになっているという説、Albはケルト語の「山」、raginが「ぶどう」を意味する、という説などがあります。

周辺はかつてイスラム教徒の難攻不落の小王国があった土地で、アルバラシンは渓谷の上に築かれた城塞都市でした。12世紀にキリスト教徒の支配下に入ってからはカテドラルを中心にした町並みとなっています。迷路のような細い路地に中世の姿そのままに立つ建物はこの地方で採掘される赤茶色の石で作られているため、アルバラシンの村全体はピンクがかった赤色に統一されています。

アラゴン州は美村が非常に多い州として知られていますがその中でもアルバラシンは「スペインで最も美しい村」と言われています。


アルファリア宮殿

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アラゴン王国の古都・サラゴサのアルファリア宮殿(Palacio de Aljaferia)はアラゴン王国のアルフォンソ1世(Alfonso I)がイスラム君主の夏の離宮を改築したもので、フェルナンド2世とイザベル1世のカトリック両王の居城としても使われていました。現在ではアラゴン自治州の議会室として一部使用されています。

世界遺産「アラゴンのムデハル様式の建築物」の1つであるこの宮殿はアルハンブラ宮殿にも影響を与えたと言われ、スペインで最も美しいイスラム建築の1つに数えられています。

イスラム支配時代に王座があった「金の間」に立ち並ぶアーチは細密な幾何学模様の装飾が圧巻です。「金の間」の上にあえて作られたカトリック両王の「王座の間」は細密な天井装飾が見事。

ラ ・セオ(サン・サルバトール教会)

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サラゴサを代表する観光名所であるラ ・セオ(La Seo・カテドラルの意味)は正式名称をサン・サルバトール教会(Catedral del Salvador)と言います。ローマ時代の西ゴート族の聖堂やイスラム教のモスクだった時代を経て12世紀にキリスト教会となりました。ロマネスク、ゴシック、ムデハル、ルネサンス、バロックなど、歴史の中で様々な建築様式が混ざり合ったその姿は独特で威厳に満ちています。

1360年に建てられた礼拝堂、幾何学模様の壁と尖塔アーチが設けられた礼拝堂の後陣、八芒星の模様の天井が美しいドームが「アラゴンのムデハル様式の建築物」に数えられています。


ヌエストラ・セニョーラ・デル・ピラール聖堂 

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ラ ・セオにほど近いヌエストラ・セニョーラ・デル・ピラール聖堂 (Basílica de Nuestra Señora del Pilar de Zaragoza)は世界で初めて聖母マリアに捧げられた聖堂とされ、スペインの3大聖所に数えられています。

地元の言い伝えによるとキリストの12使徒の一人、ヤコブがエブロ川Ebroのそばにいるところ聖母マリアが柱(ピラール)の上に現れたという奇跡が起きたことから、柱のあったところに小さな礼拝堂を建造したのがそもそもの始まりだとされています。

ヤコブの礼拝堂はその後コンスタンティヌス帝(Gaius Flavius Valerius Constantinus)時代には古代ローマ建築様式のバジリカ(basilica)に似た建築になり、その後長い歴史の中でロマネスク様式・ゴシック様式・ムデハル様式に改築されました。

フランシスコ・デ・ゴヤ(Francisco José de Goya y Lucientes)によって描かれたフレスコ画は当時手直しを要請されたゴヤが「このスタイルが嫌ならこれ以上はもう書けない」としてこの聖堂での仕事をやめてしまったため2枚のみですが彼の初めてのフレスコ画として貴重なもの。ゴヤはアラゴン州フエンデトドス出身の宮廷画家で、『裸のマハ』『カルロス4世の家族』などの名作で知られるスペイン最大の画家の1人です。

ピラール祭

サラゴサでは毎年10月に守護聖母のためのピラール祭り(Fiesta de Pilar)が盛大に祝われます。中央広場での聖母像への献花から始まり、きらびやかな山車とともにアラゴン地方の民族舞踊「ホタ(Jota)」の衣装を着た人々による賛美歌を歌いながらの行進や劇の上演、コンサート、花火、特産品市などさまざまなイベントが行われ、期間中は献花のために信者が各地からサラゴサに集まります。

ホタ

ホタはスペイン各地で演奏されている音楽と舞踏でアラゴン州から発生したと言われています。ダンサーはカスタネットを持って踊り、飛び上がります。

ホタという名称の起源は不明ですが中世の言葉「シオタ(xiota)」はアラビア語でリズミカルにジャンプする意味であること、イベリア半島南部で8〜15世紀にかけて話されていたモサラベ語(mozárabe)の「シャウタ(šáwta)」がジャンプの意味であることなどに関係していると言われています。


アラゴン州では18世紀にはじまり、19世紀にピークに達したとされていますが現在でも伝承グループによって行われています。


アラゴン州の食

アラゴン州を代表する食べ物やワインについて紹介します。

テルエルのハモン・セラーノ

テルエル産のハモン・セラーノ(Jamón Serrano)であるハモン・デ・テルエル(Jamón de Teruel )はDO(原産地呼称制度)に認定されています。

海抜915mの山々に囲まれ、周囲から隔絶した土地であるために外部からの影響も少ないテルエルは伝統的製法を受け継ぎながら養豚業や農業を引き継ぐにはうってつけの土地でした。

テルエルではランドレース種(Landrace pig)とラージホワイト種(Large white pig)を掛け合わせた雌豚とデュロック種(Duroc pig)の雄を交配し、それぞれの優れた性質を持つ白豚を作り出しています。黒豚の最高峰とされるイベリコ豚(Cerdo Ibérico)に対し、白豚の最高峰はテルエル豚とされ、ハモン・テルエルはハモン・イベリコ(Jamón Ibérico)と並び最高級品とされています。

チリンドロン

アラゴン州の郷土料理は煮込み料理が中心で、その中でもチリンドロン(chilindrón)が代表的なものとして知られています。チリンドロンは骨付き鶏肉と玉ねぎ、トマト、ピーマンなどの野菜を炒め、煮込んだ料理です。現地ではうさぎ肉や羊肉なども使われます。


アラゴン州のワイン

アラゴン州のワインはソモンターノ(Somontano)、カリニェナ(Cariñena)、カタラユド(Catalayud)、カンポ・デ・ボルハ(Campo de Borja )の4カ所のDOがあります。

ソモンターノ

「山麓」という意味のソモンターノは州北部ピレネー山脈の麓にある産地です。DOに認定されてからワイン作りの品質が上がり、モダンなワイン造りを行っているためスペインのニューワールドと評されたことがあります。


カリニェナ

大陸性気候で標高400m〜800mの土地にぶどう畑があり、地元原産であるカリニェナの他、ガルナッチャ(Garnacha)、テンプラニーリョ(Tempranillo)、モナストレル(Monastrell)を主体に作っている産地です。


カタラユド

カリニェナに隣接しているカタラユドはソモンターノと同じくDOに認定されてワインの品質が向上した産地で、主に地元原産のガルナッチャを使った伝統的な赤ワインを造っています。


カンポ・デ・ボルハ

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カンポ・デ・ボルハは古代ローマ人によってぶどう栽培とワイン醸造が導入されたと言われている歴史ある産地でDOナバーラに接しています。栽培されるぶどうの70%がガルナッチャで、凝縮感のあるワインが特徴です。


まとめ

イスラム文化と西欧文化が融合し、独特の景観を作っているアラゴン州。マドリードやバルセロナほど有名ではありませんが魅力的な観光名所も数多くあります。ワイン産地としても発展の一途にあるため、アラゴンはこれからさらに注目していくべき州だと言えるでしょう。

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