スペインのハロウィン・日本とは一味違った楽しみ方とは? スペインのハロウィン・日本とは一味違った楽しみ方とは?

スペインのハロウィン・日本とは一味違った楽しみ方とは?

日本では、仮装してパーティーやパレードをするイメージのハロウィンですが、スペインではハロウィンをどのように祝うのでしょうか?

まずは、ハロウィンがなぜ行われるようになったのか、その起源を探ってから、スペインでのハロウィンの楽しみ方をご紹介したいと思います。

ハロウィンはいつから始まった?その歴史に迫る

ハロウィン(Halloween)は、2000年以上前から行われていたケルト(Celt)の万霊節「サムハイン」(Samhain,サウィンとも呼ばれる)が起源といわれています。

サムハインは、日本で例えると、お盆のような行事です。

アイルランドやスコットランドの言葉では「夏の終わり」を意味するサムハイン。夏から冬、光から闇へと切り替わるこの日(11月1日)は、1年の締めと始まりの日です。

サムハインの日没後(ケルトでは、1日は夜から始まると考えられていたので、実際は10月31日の夜)には、かがり火(ボンファイア, Bornfire)を焚く慣わしがありました。

冬の間、すべての家畜を生き延びさせることができないので、一部の家畜の死骸の骨を神への供物として投げ入れたのが、焚き火の英語名の由来です。

サムハインには、この世とあの世の扉が年に1度開かれて、煉獄(天国と地獄の間)にいる死者の魂が家に戻ってくるとされていたため、ごちそうでもてなし、寝床を用意し、あの世へ旅立つ手助けをしたそうです。

その後、ケルト人をキリスト教徒に改宗させようと、ローマ教皇グレゴリウス1世(Gregorius I)は、ケルトの伝統をキリスト教に取り込もうとしましたが、サムハインの風習は消えませんでした。

8世紀になり、ローマ教皇グレゴリウス3世(Gregorius III)は、5月に行われていた殉教者の祝祭を11月1日に移動します。

9世紀には、ローマ教皇グレゴリウス4世(Gregorius IV)が、11月1日を諸聖人の日(オール・セインツ・デー(All Saints day)。ハロウマス(Hallowmas)やオール・ハロウ・タイド(Allhallowtide)、ハロウタイド(Hallowtide),万聖節などとも呼ばれます)と決め、祝日に制定しました。

その前夜祭はオール・ハロウズ・イブ(All Hallows' Eve)と呼ばれ、この言葉が変化して、ハロウィンと呼ばれるようになったといわれています。

1000年ころには、11月2日に、一般の死者のための死者の日(All Souls Day,万霊節)が制定されます。死者の日には、死者の魂を導くため、ろうそくを灯し、屋外に一杯のワインを供える風習がありました。

もともとは死者を歓迎するために行われていた風習ですが、キリスト教の影響が強くなった16世紀以降は、逆に、悪い霊をなだめるために、その風習がおこなわれるようになったそうです。

1582年には、ユリウス暦(Julian Calendar)からグレゴリオ暦(Gregorian Calendar)に切り替えが行われた関係で、その年だけ10月が10日間短くなりました

カトリック国であるスペインやイタリアなどはその年に新しい暦が導入されましたが、その当時イギリス領であったアイルランドでは、1752年に新暦が採用されたため、多少誤差が生じて、その年は11日間短くなりました。

旧暦の10月31日は新暦では11月11日となり、10月31日にハロウィンを祝う人と11月11日に祝う人が現れました。

11月11日はもともと聖マルティヌスの日(St. Martin's Day, Día de San Martín)だったので、この日に「サムハイン」で行われていた、冬の間の食料として、家畜を屠殺する伝統が復活します

16世紀には、仮面をかぶり、死者に扮した子どもたちが、ソウル・ケーキ(Soul Cakes)を求めて家々を訪ね歩く、ソウリング(Souling)も始まっていました。子どもたちはごちそうを出してもらえないと、いたずらをします。

地域によっては、朝は子どもたち、夜は使用人や農夫がソウリングを行ったそうです。

今はパンやクッキー、ビスケットなどもソウル・ケーキと呼ばれることがありますが、もともとのソウル・ケーキは、スパイス(シナモン、ナツメグ)を加えた生地に小粒の干しぶどうをトッピングした、丸いシードケーキ(Seed Cake)でした。

シードケーキは幸運をもたらすと考えられたので、長い期間、食べずにとっておいた人もいたのだとか。

ハロウィンが一躍有名になったのは、19世紀半ば以降に、アイルランドやスコットランドからの移民たちがアメリカで子どもたちの祭りとして祝うようになってからです。

巨大なかぼちゃをくり抜いて、中に火を灯すジャック・オー・ランタン(Jack-o'-Lantern)は、19世紀末に普及しました。もともと、アメリカではハロウィンが盛んに行われるようになる前から、かぼちゃに不気味な笑い顔を彫っていたそうです。

同じころのスコットランドでは、妖精などのコスチュームを身に着け、カブをくり抜いて火を灯したランタンを持った子どもたちが、家々を練り歩いてお菓子やお金を集め、お礼に芸をしていました。

子どもがお菓子をもらいに行く時に言うトリック・オア・トリート(Trick or Treat, スペイン語ではTruco o Trato)という言葉は、1927年に、カナダのアルバータ州で使われたという記録が残されています。アメリカ全土に広がったのは、第二次世界大戦以降のようです。

1950年代には、お菓子メーカーやコスチューム製造業者などが、ハロウィン市場に積極的に参入するようになりました。

ハロウィン・パレードが脚光を浴びるようになったのは、1970年代にニューヨークのグリニッジ・ビレッジ(Greenwich Village)でパレードが行われたのがきっかけです。

1969年の夏、アメリカのディズニーランドにホーンテッドマンション(The Haunted Mansion)がオープンして以降は、テーマパークでハロウィンのイベントを楽しむ人が増加していきました。

スペインのハロウィン・スペイン版お盆と期間限定グルメ

スペインでは11月1日の諸聖人の日を、エル・ディア・デ・トドス・サントス(El Día de Todos los Santos)と呼びます。


その日は祝日で、午前中に教会を訪れた後、家族などのお墓を訪れて掃除し、花を飾るのが一般的です。その後は、家族や友人が集まり、ハロウィンの時期ならではのお菓子を食べます。

ハロウィンの時期に食べられるお菓子としては、

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マジパン(Marzipan,アーモンドクリーム)が材料の、骨に似た形のお菓子ウエソス・デ・サント(Huesos de Santo, 「聖人の骨」という意味) 

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 17世紀にフェリペ2世(Felipe II)の王室料理人が作ったクリーム入りの丸いドーナツで、これを食べると煉獄からの魂が救われるとされるブニュエロ(Buñuelos)

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カタルーニャ州(Catalunya)、アラゴン州(Aragón)、バレンシア州(Valenciana)、バレアレス諸島(Islas Baleares)で食べられる、松の実でコーティングしたマジパンをボール状にして焼いたお菓子・パネジェット(Panellets)

などがあります。

アメリカや日本と比べると、スペインでは、ハロウィンのイベントはあまり浸透していません。

焼き栗が定番!?スペインならではのハロウィンの過ごし方

ハロウィンの時期は栗のシーズンにあたるため、スペインでは焼き栗を食べるイベントと組み合わせてお祝いする地域もあります。

スペインの栗の品種は、南欧を中心に地中海沿岸や小アジア(トルコのアジア側)、北アフリカで栽培されているヨーロッパグリ (Castanea sativa)で、乾燥した土地でないと生産できないため、日本では育ちません。

お菓子を中心とした料理の材料として使われ、渋皮が剥きやすいものは、マロングラッセ(Marrons Glacés)の材料として、日本にも輸入されています。

ケルト人が紀元前5世紀ころには既に暮らしていたとされるガリシア州(Galicia)では、「サムハイン」が起源の「サマイン」(Samaín)を、10月31日の夜にお祝いしています。

セデイラ(Cedeira)、ナロン(Narón)などの村々では、何世紀も、仮装した人々のパレードやジャック・オー・ランタンが続けられてきました。

サマインは、かぼちゃの彫刻、コスチューム・パーティー、焚き火、儀式からなる「ノイテ・ドス・カラクス」(Noite dos Calacús,「かぼちゃの夜」という意味)から始まります。

「ノイテ・ドス・カラクス」に欠かせないのは、オルホ(Orujo,蒸留酒)にコーヒー豆やレモンの皮、砂糖などを混ぜたケイマダ(Queimada)です。悪霊を追い払う呪文を唱えながら、青い炎でフランベした後にいただきます。

ハロウィン後の11月1日から11月11日(サン・マルティーニョの日, Día de San Martiño、聖マルティヌスの日と同じ)の期間には、焼き栗祭り・マゴスト(Magosto)が開催される地域もあります。焼き栗を食べると煉獄からの魂が救われるといわれています。

2009年に地理的表示(I.G.P)を受けたガリシア地方の栗は、ローマ人が来た時代に栽培が始まり、現在では国内生産量の60%を占めています。

マゴストでは、地元で生産されたガリシアワインを焼き栗とセットで楽しむことができますよ。

カタルーニャ州では、10月31日から11月1日にかけて、ラ・カスタニャーダ(La Castanyada)が行われます。

ラ・カスタニャーダでは、(Castanyada)やパネジェット、オレンジ色のさつま芋を使った焼き芋(ボニアトス・アル・オルノ,Boniatos al Horno)をモスカテル(moscatel)またはマルバシア(Malvasia)の甘口白ワイン(デザートワイン)と合わせていただくのが定番です。

カタルーニャ産のワインだと、D.O.タラゴナ(D.O.Tarragona)がモスカテル・ド・アレキサンドリア(Moscatell d'Alexandria)やモスカテル・デ・グラ・プチ(Moscatell de Gra Petit,小粒モスカテル)、D.O.ペネデス(D.O.Penedés)が、マルバシア・デ・シッチェス(Malvasia de Sitges)やモスカテル・デ・グラ・プチの甘口ワインを販売しています。

バルセロナ(Barcelona)では、他に、ポルト・アベンチュラ・ワールド(PortAventura World)というテーマパークでハロウィンイベントを楽しんだり、スペイン村(Poble Espanyol)で週末に開催されるファミリー向けのハロウィンアクティビティを楽しんだりすることもできますよ。

バルセロナ郊外のサン・フェリウ・サセラ(Sant Feliu Sasserra)では、17世紀に異端尋問にかけられて処刑された女性たちを称えるための魔女祭り(Fira de les Bruixes)が、10月31日から11月1日にかけて開催されます。

マドリード(Madrid)では、だいぶハロウィンの欧米化が進んでいるのですが、やはり家族のお墓参りに行くのが定番のようです。

マドリードおよび西ヨーロッパで最大かつ最古の墓地・アルムデナ墓地(Cementerio de la Almudena)には、諸聖人の日には参拝者が50万人以上訪れるそうです。

マドリードでハロウィン時期を過ごされる場合、コスプレ衣装を現地で手に入れて、クラブのパーティーに参加したり、「パルケ・ワーナー」(Parque Warner)などのテーマパークでハロウィンイベントを楽しんだり、カサ・デ・メヒコ(Casa de Mexico)でメキシコ版「死者の日」のカラフルなオフレンダ(Ofrenda,祭壇)を見たりすることもできますよ。

マドリード周辺では、セルバンテス(Cervantes)が生まれたアルカラ・デ・エナレス(Alcalá de Henares)で、「ドン・ファン・テノーリオ」(Don Juan Tenorio)という劇を野外で上演する伝統が残されています。

ブルゴス(Burgos)方面に向かう途中にあるエルモラル洞窟(Cuevas de El Molar)は、200以上の洞窟からなる、アラブ起源の元ボデガです。

エルモラルで約100年間開催されている「ラス・アニマス」(Las Ánimas,「魂」という意味)では、10月31日の夕方に、ランプの明かりを照らしながら洞窟巡りするツアーが開催されます。

ツアーの締めには、このお祭りに欠かすことができない「プーチェス」(Puches,「穀物がゆ」や「オートミール」という意味)というお菓子や甘口ワインを楽しむこともできますよ。

洞窟レストラン「エル・ロボ」(El Lobo)では、エルモラル産のワインと共に、ギフエロ産のイベリコ豚(Ibéricos de Guijuelo)を楽しむこともできるので、ぜひお試しください。 

終わりに

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カトリックの影響が色濃いスペインでは、今も古くからの伝統を守り続けている方が多いようです。

アメリカや日本のようなハロウィンを期待すると、ちょっと肩透かしを食らったような気分になるかもしれませんが、スペインならではのハロウィンを発見するという楽しみもあります。

秋が深まった時期に行われるハロウィンは、スペインでは収穫祭を兼ねるケースが多いです。

スペイン版ボジョレー・ヌーボー(Beaujolais Nouveau)であるビノ・ヌエボ(Vino Nuevo)は、11月11日に解禁になります。

この時期には、できたてほやほやのワインも楽しめますので、この時期を選んでスペインに旅してみるのも良いかもしれません。

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