ヨーロッパでは、発酵食品であるチーズが、日本の漬物のように、食事に欠かせないものになっています。
日本にご当地ならではの漬物があるように、チーズにも、その土地でしか作ることができない個性があります。
チーズで有名な国はいろいろありますが、スペイン産チーズは日本ではあまり知られていません。
ですが、スペインには100種類以上のチーズがあり、土地ごとに独自のチーズが作られています。
この文章では、そんなスペイン産チーズの特徴と魅力に迫ってみたいと思います。
チーズの種類と特徴
スペイン産チーズをご紹介する前に、チーズの種類や特徴について、まずはご紹介します。
日本では、チーズを下記の表のような7種類に、大きく分類しています。
タイプ | 定義 | 特徴 |
フレッシュタイプ | 熟成を行わない | 色が白い。やわらかい。クセがない |
白カビタイプ | チーズの表面に白カビをつけて熟成させる | 中がとろけるようにやわらかい |
青カビタイプ | チーズの中に青カビを繁殖させて熟成する | 刺激的な香りと強い塩味 |
ウォッシュタイプ | チーズの表面を塩水やお酒で洗いながら熟成 | 濃厚な風味と香り |
シェーブルタイプ | 山羊のミルクから作るチーズ | 崩れやすいので、小さな形が多い。酸味が強く濃厚 |
セミハードタイプ | 非加熱圧搾(チーズを作る時、45度未満)。熟成期間は1~6ヵ月くらい | 水分が少なめで、コクがある |
ハードタイプ | 加熱圧搾(チーズを作る時、45度以上にする)。熟成期間は長いものでは3年間 | サイズが大きい。長期保存に向いている |
日本では、牛乳から作るチーズが一般的ですが、続いて、原料によるチーズの違いもご紹介しましょう。
原料 | 特徴 |
牛乳 | 色が黄色い。乳固形分が多いので、大量のチーズが作れる。チーズの種類が豊富 |
羊乳 | 脂肪やたんぱく質含有量が牛乳や山羊乳よりも多く、牛乳よりもミルクが固まりやすい。味も濃厚で、脂肪由来の甘みも感じる。色が白っぽい |
山羊乳 | ミルクの色が白い。脂肪が牛乳の6分の1ほどと少ないので、チーズの組織がもろい。山羊のミルクは周りの匂いを吸収しやすいので、クセがあることが多い。脂肪燃焼を助ける中鎖脂肪酸が入っているので、ダイエット効果が見込める。 |
水牛乳 | 脂肪やたんぱく質含有量が多く、チーズ作りに向いている。牛乳製のチーズよりも色が白い |
今までご紹介してきたのは、ヨーロッパで「チーズ」と呼ばれている、ナチュラルチーズ(Natural cheese)の特徴です。日本では、「チーズ」といえば、まずプロセスチーズ(Processed cheese)を思い浮かべるのではないでしょうか。
プロセスチーズは、ナチュラルチーズ(セミハードタイプ)を細かくしてから熱で溶かし、乳化剤などを入れた後、再び固めたものです。
プロセスチーズは、兵士の戦場食として広まったため、栄養価が高く、長期保存に向いています。
その一方、ナチュラルチーズのように乳酸菌や酵素が生きていないため、時間が経っても味は変化しません。
チーズの作り方
次に、ナチュラルチーズの作り方をご紹介します。
チーズは、タイプによって作り方が多少異なりますが、基本的な作り方は共通しています。
①殺菌 |
牛・羊・山羊・水牛などのミルクを、63度で約30~40分行われる低温殺菌(LTLT法(Low temperature long time pasteurization)または72度以上で約15秒の高温短時間殺菌(HTST法(High temperature short time Pasteurization)で殺菌します。昔ながらの製法で作るチーズは、殺菌しないこともあります。 |
②凝固 |
温めたミルクにスターター(Starter,培養した乳酸菌)を加え、ミルクの中の乳酸菌や酵素を活性化させる「酸凝固」、牛や羊、山羊など反芻動物の第4胃袋から抽出した酵素(または植物由来の酵素)を加える「レンネット(Rennet)凝固」のいずれか、または両方の方法を使って、ミルクを固めます。 青カビタイプのチーズを作る時は、乳酸菌スターターと共に、かびスターターも使います。 イタリアのリコッタチーズは、ミルクを加熱する「熱凝固」という方法で固めます。 |
③カッティング |
ミルクが固まり、豆腐のような形(カード,Curd=凝乳)になってきたら、ピアノ線を張ったカードナイフなどで細かくカットして、ホエイ(Whey,乳清)と分離させます。フレッシュタイプや白カビ、シェーブルタイプなど、やわらかいチーズを作る時には、カッティングを行わないこともあります。 カッティングする時には、カードやホエイを温めながら行うのですが、セミハードタイプは40度、ハードタイプは50度以上、とタイプによって温度が異なります。 |
④型詰め&圧搾 |
モールド(Mould)と呼ばれる、穴の開いた型などにカードを入れて成形します。その後、カードに圧力をかけて、余分なホエイを抜きます。 シェーブルタイプのようにやわらかいチーズは、自らの重みで自然とホエイが抜けますが、それ以外のチーズは圧搾機にかけたり、重石を載せたりして抜きます。 |
⑤型出し |
ホエイが抜けたカードを、型から取り出します。この状態のチーズを「グリーンチーズ(Green cheese)」と呼びます。フレッシュタイプの多くは、この状態で完成です。 |
⑥加塩 |
型をはずしたチーズに、塩をまぶしたり、塩をすり込んだりする、または塩水に漬けます。塩には、チーズの風味を良くしたり、雑菌の繁殖を抑えたりする効果があります。 白カビタイプのチーズは、加塩した後、白カビの胞子を吹き付けます。ウォッシュタイプのチーズは、塩水に漬けることでリネンス菌(Brevibacterium linens)が発生し、独特な風味が生まれます。 |
⑦熟成 |
フレッシュタイプ以外のチーズを、温度と湿度が一定に保たれた環境の中で熟成します。熟成期間は、やわらかいチーズならば数日から数週間、硬いチーズは数ヶ月以上かかります。パルミジャーノ・レッジャーノ(Parmigiano reggiano)のように、1~2年かかるものもあります。 |
スペイン産チーズの特徴
チーズについての説明をおおまかにさせていただいたので、本題のスペイン産チーズのご紹介をしたいと思います。
チーズは、スペイン語でケソ(Queso)と呼ばれています。
スペインは山岳地帯が多いため、牛に比べて羊や山羊を飼育する割合が多くなっています。
そのため、伝統的なチーズの多くは、羊や山羊のミルクから作られています。
スペインで作られるチーズは、地域ごとに特徴があり、
・北西部のガリシア地方やアストゥリアス地方では牛のチーズ
・内陸部では羊のチーズ
・地中海沿岸と山間部では山羊のチーズ
が主に生産されています。
D.O.P(原産地名称保護)やP.G.I (地理的表示保護)を受けた約30種類のチーズは、特にその土地ならではの個性にあふれています。
主なスペイン産チーズ
それでは、これからスペインの代表的なチーズを、ミルクの種類ごとに紹介していきましょう。
羊のミルクから作るチーズ
ケソ・マンチェゴ(Queso Manchego)
スペイン語で「ラマンチャのチーズ」という意味の、セルバンテス作「ドン・キホーテ」にも登場する、スペインで最も有名なチーズです。
産地は、内陸部にあるカスティーリャ・ラ・マンチャ州(Castilla-La Mancha)で、マンチェガ種(Manchega)の羊のミルクを使って作る、セミハードタイプのチーズです。
ケソ・マンチェゴは、エスパルト(Esparto)と呼ばれる茅(かや)を編んで作ったプレタ(Pleita)という帯を巻いて成形していたため、側面に網目模様があるのが特徴です。現在は帯の代わりにプラスチックの型を使っていますが、昔の名残で今も側面に網目模様がついています。
熟成度が若いものはフレスコ(Fresco)、3ヶ月までのものはクラード(Curado)、長期熟成したものはビエホ(Viejo)と呼ばれています。
カットしたケソ・マンチェゴの上に、カットしたメンブリージョ(Membrillo,マルメロ(Marmelo,西洋カリン)の固形ジャム)をのせて食べるのが一般的な食べ方です。
ナッツのような香りや羊乳ならではの甘さやコクが特徴です。
イディアサバル(Idiazabal)
イディアサバルは、スペイン北部・バスク州(Vasco)のギプスコア県(Gipuzkoa)にある、村の名前から命名されました。
地元産の羊(ラチャ種(Latxa)かカランサナ種(Carranzana))の無殺菌ミルクを原料に、塩漬けした仔羊の胃袋を凝固剤として作られる、セミハードタイプのチーズです。
日本で主に販売されているのは、保存性の高いスモークしたタイプですが、バスク地方で作られるスモークタイプ以外に、スモークタイプでないものもナバーラ州(Navarra)で生産されています。
凝固剤由来のかすかな辛みや羊乳のコクのある甘味や酸味が特徴で、ワインだけでなくビールにも合うチーズです。
牛のミルクから作るチーズ
ケイショ・テティージャ(Queixo Tetilla)
スペイン北西部・ガリシア地方(Galicia)のチーズで、ケイショはガリシア語で「チーズ」を、テティージャはスペイン語で「乳房」を意味します。
この名前がついたのは、丸みを帯びた円錐形の形が乳房に似ているためです。6世紀、チーズを作る時に漏斗(ろうと)を使ったのが、この形の始まりといわれています。
ガリシア地方の内陸部は牧牛が盛んなので、このチーズも牛乳を使って作られています。
ケイショ・テティージャはセミハードタイプに分類されますが、水分が多いので弾力があり、むっちりした食感が楽しめます。
バターのようにクリーミーな味わいと軽い酸味が特徴で、溶けやすいため、オーブン料理などにも使われます。
カブラレス(Cabrales)
スペイン北部・アストゥリアス地方(Asturias)のカブラレス村で作られる、手作りの青かびチーズです。
原料は無殺菌の牛乳ですが、春と秋は牛・ヒツジ・ヤギのミルクをミックスします。
以前はオオカエデの葉で包んでいました。
洞窟でゆっくり熟成させるため、クリーミーさの中に、ピリッと喉を刺激する辛さを感じます。野性味あふれるチーズです。
ケソ・デ・バルデオン(Queso de Valdeón)
スペイン北部レオン県(León)が産地の、1970年代以降に作られ始めた青かびチーズです。
チーズ名は、ピコス・デ・エウロパ(Picos de Europa)山脈の南にある渓谷の名前からとられました。
原料は牛乳がメインで、ヤギのミルクもプラスします。
作り方ですが、カブラレスとは異なり、人為的に青かびを植え付けます。また、熟成段階で、塩水に漬けたカエデの葉に包むのが特徴です。(現在は、カエデの模様がついたアルミで包む方法でも、作られています。)
そのため、刺激が少なく、なめらかでクリーミーに仕上がるので、ブルーチーズが初めての方でも、抵抗感なくお試しいただけるはずです。
ケソ・デ・バルデオンは、今回ご紹介したチーズの中では唯一、原産地名称保護でなく、地理的表示保護を受けています。
山羊のミルクから作るチーズ
ムルシア・アルビノ(Murcia al vino)
スペインの南東部にあるムルシア地方(Murcia)で作られるチーズです。
原料には、ムルシアーノ・グラナダィナ(Murciano-Granadina)という山羊のミルクを使っています。
山羊のミルクが原料ですが、熟成中に赤ワインで洗うため、臭みはあまり感じられません。
ムルシア・アルビノは、ウォッシュタイプのチーズではなく、セミハードタイプのシェーブルチーズに分類されています。
濃厚なヨーグルトのようにミルキーな甘味や酸味、フルーティーな香りなどが特徴です。
ワインとの合わせ方
スペイン産のチーズは、ワインとの相性もぴったりです。
もともと、チーズには赤ワインが合うと言われていましたが、現在は赤ワインだけでなく、白ワインをチーズに合わせる機会も増えてきました。
チーズとワインの合わせ方としては、
・味や香りで合わせる
・産地で合わせる
・熟成度で合わせる
などがあります。
味や香りで合わせる例としては、
塩気の強いカブラレスと極甘口のシェリー酒(酒精強化ワイン)
ペドロ・ヒメネス アルグエソ
詳細はこちら |
スモーキーなイディアサバルと赤ワイン
シコリス テンプラニージョ
詳細はこちら |
産地で合わせる例としては、
ケイショ・テティージャとリアス・バイシャス(Rias Baixas)の白ワイン
トーレ・ラ・モレイラ
ムルシア・アルビノとフミーリャ(Jumilla)やイエクラ(Yecla)の赤ワイン
ラス・エルマーナス モナストレル・シラー
熟成度で合わせる例としては、
若いチーズとフレッシュでフルーティーなワイン
熟成したチーズと樽などで長期熟成したワイン
などが考えられます。
これ以外にも様々な合わせ方が考えられるので、意外な組み合わせを編み出してみるのも楽しいかもしれません。
まとめ
チーズは食べ物で、ワインは飲み物という違いはありますが、作られた土地ごとの個性が感じられたり、熟成させることで味が少しずつ変化していったり、スペイン産チーズとスペイン産ワインには多くの共通点もあります。
スペイン産ワインを飲まれる機会には、ワインのお供にスペイン産チーズを組み合わせてみてください。
きっと、素敵なマリアージュにご満足されるはずです。