D.Oウティエル・レケーナはかつて、隣接するD.O.バレンシアの影に隠れ、あまり目立たない存在でした。しかし近年、土着品種のボバルを最大限に活用し、長期熟成の赤ワインやロゼワインで人気を博しつつあります。今回はスペインワインのトレンドを語る上で欠かせない、D.O.ウティエル・レケーナについて解説します。
ウティエル・レケーナ概要
ウティエル・レケーナ(D.O. Utiel-Requena)は1957年にD.O.認定されました。スペイン東部、バレンシア州( València)最大のD.O.で、バレンシア県西部の地中海からおよそ70kmの場所にある産地で、カスティーリャ・ラ・マンチャ州(Castilla-La Mancha)とムルシア州(Murcia)にほど近い場所でもあります。
生産エリアはカウデテ・デ・ラス・フエンテス(Caudete de las Fuentes )、カンポロブレス(Camporrobles)、フエンテロブレス(Fuennterrobles)、レケーナ(Requena)、シエテ・アグアス(Siete Aguas)、シナルカス(Sinarcas)、ウティエル(Uriel)、ベンタ・デル・モロ(Venda del Moro)、ビリャルゴルド・デル・カブリエル(Villargordo del Cabriel)の9市町村で構成されています。
9つの市町村にぶどう農家は約5,000軒、登録されたボデガ(Bodega)は約110軒あり、ぶどうの栽培面積は約33,000ヘクタールで、その約90%で黒ぶどうが栽培されています。
ウティエル・レケーナのワイン醸造の歴史
紀元前7世紀ごろのフェニキア時代のアンフォラ(Anfora/ワインを入れる壺)の破片が出土したことから、ウティエル・レケーナのワイン造りの歴史は途中中断もあるものの、2,700年に及ぶことがわかっています。
また、レケーナ市ドゥーケ村(Duque)にある石器時代の遺跡「ラス・ピリーリャス(Las Pilillas)」は古代ローマ時代の醸造所跡だと考えられています。ここからは石をくり抜いて作ったラガール(Lagar/ぶどう踏み場)やアンフォラ、ぶどうの種などが見つかっています。この遺跡の15km先にはアンフォラの製造所跡も見つかっていて、この地域でワインが産業として根付いていたことが推測できるのです。
ラス・ピリーリャスでワインを造っていたのはイベリア半島に先史時代から住んでいたイベリア人ですが、そのイベリア人にワイン造りを伝えたのは北アフリカから来たフェニキア人だと言われています。日照に恵まれ、「ソラナ(Sorana/太陽)」と呼ばれていたこの地に、アルコール度数の高いワインが造れるとして醸造技術を取得したイベリア人が定住したのです。
しかも、当時からワインの輸出も行われていたようです。アンフォラにワインを詰め、近くを流れるカブリエル川(Río Cabriel)を用いて地中海まで運搬し、フェニキア人が輸出していたと考えられています。
19世紀にはウティエル・レケーナで改めてぶどう栽培ブームが起こり、新たなぶどう畑が拡大しました。1887年にはバレンシア・ウティエル間に鉄道が開通、駅周辺にボデガ地区が形成されたのです。
ウティエル・レケーナの気候・土壌
ウティエル・レケーナはメセタ台地の上にあり、広さは1,800平方メートルほどで、土壌は主に石灰質と粘土質です。
標高は650mから900mと高く、フカル川(Río Júcar)の支流、マグロ川(Río Magre)とカブリエル川の2つの大きな川が流れ、山に囲まれている盆地でもあり、地中海性気候でありながら大陸性気候の影響も受けています。夏の日中は非常に暑いものの、夜は地中海の風の影響で昼夜の寒暖差がはっきりした気候で、日照時間は年間2,800時間もあります。冬は雪が降ることもあるいっぽう、夏は非常に雨が少なく、乾燥に強いぶどう品種だけが生き残れる環境です。年間の降水量も450mmほどと、その量はなんとボルドーの半分ほど。この雨量の少なさは、オーガニックでのぶどう栽培には非常に適した環境となっています。強い日光と暑さがこの地域のぶどうのタンニンを強く、色を濃くし、構造がしっかりとしたワインとなる、唯一無二なものにしています。
ウティエル・レケーナのぶどう・ワイン
ウティエル・レケーナの原産地呼称で認められている品種は、テンプラニーリョ( Tempranillo)、ガルナチャ・ティンタ(Garnacha Tinta)、ガルナチャ・ティントレラ(Garnacha Tintorela)、カベルネ・ソーヴィニヨン(Cabernet Sauvignon
)、メルロー(Merlot)、シラー(Syrah)、ピノ・ノワール(Pinot noir) 、プティ・ヴェルド(Petit Verdot)、カベルネ・フラン( Cabernet Franc)、そして土着品種のボバル(Bobal)です。白ぶどうは地元品種のプランタ・ノバ(Planta Nova)のほか、マカべオ(Macabeo)、メルセゲラ(Merseguera、ソーヴィニヨン・ブラン(Sauvignon blanc)、シャルドネ( Chardonnay)、パレリャーダ(Parellada)、ベルデホ(Verdejo)、モスカテル・デ・グラノ・メヌード(Moscatel de Grano Menudo)です。白ぶどうは全栽培面積の6%ほどしか作られていません。
ウティエル・レケーナの土着品種、ボバル
ボバルは全栽培面積の約70%を占める、ウティエル・レケーナを代表するぶどう品種です。その名称の起源には諸説ありますが、一説で房の形が牛の頭骨に似ていることから、闘牛を意味する「ボヴィーノ(Bovino)」が転じてボバルになったと言われています。
ボバルにはレスベラトロールというポリフェノールの一種である抗酸化物質が多く含まれるという測定結果が出ています。レストラベールは動脈硬化や認知症の予防、乳がんや肺がんのリスク軽減などが期待され、動物実験では寿命を伸ばす効果が確認されているのです。そのため、ボバルのワインは「アンチエイジングワイン」として注目を集めつつあります。
20,000ヘクタールを超えるウティエル・レケーナのボバル畑のうち、半数以上が40年以上の古木で、中には樹齢100年を超えるものもあります。
ウティエル・レケーナで栽培されるボバルの赤ワインは非常に色が濃く、きれいな酸が特徴の、長期熟成に最適なタイプのワインになります。ナッツ類やリコリスなどの甘いスパイスのアロマ、完熟果実のようなニュアンスもあり、複雑で重厚感があります。若いワインのうちは明るい紫の縁を持ち、ワインが熟すとさくらんぼを思わせる赤になっていきます。
ボバルのロゼはラズベリーのようなアロマときれいなピンク色の中に、鮮やかな紫色のニュアンスを帯びているのが特徴です。フレッシュさとボリューム感を兼ね備えたバランスの良い味で、なかでも、ボバルにガルナチャ・ティンタ種をブレンドして造られる辛口のロゼは高級品とされています。
乾燥に強く、芽吹きが遅いため、遅霜にやられるリスクが低いという長所があるボバルは、スペインではアイレン(Airén)とテンプラニーリョについで栽培面積の多い品種です。ボバルはかつて、日照時間の少ないワイン生産国にバルク(タンクで輸出するワイン)として売られる品種として認識されていました。そんななか、ウティエル・レケーナ原産地統制委員会ではボバルの価値を高めるため、「バロラ・ボバル(Valora Bobal/ボバルの価値を知ろう)」プロジェクトを立ち上げたのです。
このプロジェクトはCSIC(スペイン最高科学研究院)、IVIA(バレンシア農業調査研究所)、そしてウティエル・レケーナ原産地統制委員会によって11年計画で行われました。目的は標高、気候、土壌などの条件をもとに、D.O.内の約33,000ヘクタールの分類分けを行い、より優れたワインになるボバルを求め、品種の選別を進めることでした。また、水の使用効率を追求し、気候変動を視野に入れたぶどう栽培の持続可能性の向上にも焦点が当てられていたのです。
バロラ・ボバルが終了した2020年以降、ボバルは100の系統に絞り込まれ、ウティエル・レケーナ内の3つの気候ゾーンに振り分けられました。100系統あるボバルはそれぞれ、栽培方法と醸造方法に関わる性質の特性、収量、房の形状、害虫と病気への耐性、収穫と熟成の期間、果実の大きさ、ムスト(Must/果汁)の色、サンドやアルコール度数などで細かく分類されています。
ウティエル・レケーナのボバルは地元品種に対する並々ならぬ熱意をもとにした緻密な研究を経て現在のすぐれた、21世紀ならではの新たな農業、そしてワイン醸造の形を具現しているかのようであり、世界的にも注目すべきぶどう品種だと言えるでしょう。
まとめ
ほぼ全ての原料をオーガニック栽培のぶどうでまかなっているD.O.ウティエル・レケーナは、持続可能性が重視されるこれからの時代、ますます注目度が上がるワイン産地だと言えるでしょう。もちろん、ワインのクオリティ、そして、健康や美容への効果の高さも見逃せません。これからさらにスペインワインを探求したい、と思われる方はぜひD.O.ウティエル・レケーナのワインもチェックしてみていただければと思います。