スペインを代表する赤ワインの産地・ラ・リオハ州の文化と食について スペインを代表する赤ワインの産地・ラ・リオハ州の文化と食について

スペインを代表する赤ワインの産地・ラ・リオハ州の文化と食について

スペインを代表する赤ワインの産地、ラ・リオハ州の文化と食について、その歴史も振り返りながら紹介します。

ラ・リオハ州とは

ラ・リオハ州(La Rioja)はスペイン北東部にある州です。ラ・リオハ県のみで構成され、州都・県都はログローニョ(Logroño)で、自治州になる前はログローニョ県と呼ばれていました。面積は5,045㎢で千葉県ほどの広さです。

北はバスク州(País Vasco)とナバーラ州(Comunidad Foral de Navarra)、東はアラゴン州(Aragón)、南西を大きくカスティーリャ・イ・リオン州(Comunidad Autónoma de
Castilla y León)に接しています。

気候は大陸性気候で北半分は多湿で南半分は乾燥地帯です。イベリア半島で2番目に長い川であるエブロ川(Ebro)が州を横断しています。リオハ のワインは世界的に有名で、500以上のワイナリー があり、年間のワイン生産量は30万㎘です。

ラ・リオハ州の歴史

 

1099年に決められた、現カスティーリャ・イ・リオン州のブルゴス県(Provincia de Burgos)・ミランダ・デ・エブロ(Miranda de Ebro)のフエロ(Fuero・地方特別法)にはリオハという地名が記されています。地名の由来はエブロ川の支流であるオハ川(Oja)です。

バスク民族の国であるナバラ王国( Reino de Navarra)とカスティーリャ王国(Reino de Castilla)が10世紀ごろ、この地をめぐって争いましたが結局1173年にカスティーリャ王国に併合されました。


ログローニョ県時代

1833年にスペイン全土に県が設置されるまでは、リオハ地方はブルゴス(Burgos)地方とソリア(Soria)地方に分けられていました。1808年から1813年のスペイン独立戦争時にはナポレオン軍がこの地域を占領し、1814年までフランス軍の支配下にありました。

県の設置を検討していた歴史家のフアン・アントニオ・リョレンテ(Juan Antonio Llorente)による1810年の計画ではリオハ地方をブルゴスを県都とするアルランソン県の一部に組み込んでいました。

スペイン1812年憲法下の国会ではリオハ地方を独立した県にすることが定められ、スペイン立憲革命中の1822年ログローニョ県が設置されます。しかし、一度は憲法復活の約束をしたスペイン国王フェルナンド7世(Fernando VII)はあっさりと約束を反故にして以前の地域区分の大半を復活させました。

1833年のスペイン地方構成区分再編によってスペイン全土に49県が設置され、カスティーリャ・ラ・ビエハ(Castilla la Vieja・旧カスティーリャ)地方の一部としてログローニョ県が復活します。


ラ・リオハ州へ

1939年から1975年、スペインは元陸軍参謀総長フランシスコ・フランコ・バアモンデ(Francisco Franco Bahamonde)による独裁体制下にありました。その後民主化し、1980年はログローニョ県はラ・リオハ県に名を改めます。そして1982年にラ・リオハ県単独でラ・リオハ自治州となりました。ちなみに、カスティーリャ・ラ・ビエハ地方だった県ではラ・リオハ県とサンタンデール県( Provincia de Santander・のちのカンタブリア州)以外は全てカスティーリャ・イ・リオン州に併合されています。

1992年にはラ・リオハ大学が開校。ワイン学の学位を提供する、スペイン初の大学となりました。


ラ・リオハ州の文化

ワイン生産の盛んなラ・リオハ州の文化を象徴する建築物やワイナリーなどを紹介します。

ラウレル通り(Calle Laurel)・

サンフアン通り(Calle San Juan)

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ログローニョにあるラウレル通りやサンフアン通りにはさまざまなバルが路地にひしめきあい、夕暮れ時から人が集まり始め、夜にはたくさんの人でにぎわいます。ラウレル通りにはピンチョス・バルが多く、各店がその味と美しさを競っています。


サンマテオの収穫祭(Las fiestas de San Mateo)

ログローニョで9月21日の聖マテオの日の前後1週間開かれる祭りです。祭りの期間中には民族衣装を着た人々によるダンス、ペロタ(Pelota・バスクの競技)のトーナメント戦、エブロ川での花火、パレードや闘牛などさまざまな催し物が行われます。その中でもメインとなるのはラウレル通りから100mほどのエスポロン公園(Parque de Espolon)で行われる『エル・ピサード・デ・ラ・ウーバ( El pisado de la uva)』です。樽いっぱいに入れられた収穫されたてのぶどうを、民族衣装の男性2人が裸足で踏み、ワインのもとになるモスト(most・ぶどうジュース)を作り、そのモストを器に入れてリオハの守護女神バルバネラ(Valbanera)に捧げる儀式です。

また、祭りで最も特徴的なのはスラカポテ(Zurracapote)という飲み物をポロン(Porron)というガラスの器でまわし飲みさせてくれるチャミソス(Chamizoz)の風習です。スラカポテはサングリアによく似た飲み物で、赤ワインに桃やレモン、オレンジなどを入れ、砂糖やシナモンを加えて数日間寝かせて作られます。

祭りでポピュラーな食べ物はジャガイモとチョリソの煮込み(Patatas con Chorizo)や子羊の炭火焼き(Chuletillas al Sarmiento)などです。

祭りは市役所前広場でワイン樽に火をつけて盛大に燃やす『ケマ・デ・ラ・クバ(Quema de la cuba)』でフィナーレを迎えます。


ビバンコワイン文化博物館

(Museo Vivanco de la Cultura del Vino)

ブリオネス(Briones)にあるビバンコワイン文化博物館は4,000㎡以上もの敷地があり、古い船が展示されている5つの常設展示室、農具やワインの歴史について知ることができる作品などを展示しています。博物館の外には220種類ものぶどうを栽培しているぶどう園があり、散策を楽しむことができます。


サン・ミジャンのユソ修道院とスソ修道院

(San Millán Yuso y Suso Monasterio)

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ログローニョより40kmほど西にある小さな町、サン・ミジャン・デ・ラ・コゴージャ(San Millán de la Cogolla)にあるユソ修道院とスソ修道院はこの地にいた聖エミリアヌス(St.Emillianus)に因んで建てられた2つの修道院から構成される世界遺産です。聖エミリアヌスは洞窟に40年間隠遁生活を送っていたとされる聖者です。

ユソはスペイン語で「上方」スソは「下方」を意味しています。スソ修道院は10世紀ごろの建設で、レポブラション期(Repoblación・再入植期。イスラム教徒に対抗した移住政策)の建築様式で作られ、簡素かつ厳かな雰囲気を今に残しています。12世紀に作られた聖エミリアヌスの死者像が保存されサン・ミジャン祈祷所や雪花石膏で掘られたロマネスク様式の聖エミリアヌスの墓などがあり、巡礼者が数多く訪れる宗教拠点となっています。現存する中で最古のカスティーリャ語の文書である、977年の聖アウグスティヌスの作品の注釈が書かれたのもこのスソ修道院でした。

いっぽう、ユソ修道院はもともと1050年に建てられたルネサンス様式の建物でしたが1367年にイングランドのエドワード黒太子( Edward, the Black Prince)によって壊されたため、その後再建されています。現存する建物はほぼ再建されたもので、16〜18世紀のルネサンス様式やゴシック様式で作られています。ユソ修道院の祭壇には17世紀に描かれた8枚の絵、18世紀の聖具室には黄金の木像があり、天井にはきらびやかなフレスコ画が描かれています。ユソ修道院には美術館があり、12世紀のクルミ材で作られた聖母像や歴史的作品群が多数展示されています。ユソ修道院には図書館も併設され、10〜16世紀ごろまでの文書類も含め1800点の書籍が収蔵されています。


サント・ドミンゴ・デ・ラ・カルサダ大聖堂

Santo Domingo de la Calzada Cathedral

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サンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路(El Camino de Santiago)にある巡礼地、サンド・ドミンゴ・デ・ラ・カルサダ(Santo Domingo de la Calzada)にある大聖堂です。巡礼路上に病院や橋、石畳を作るなどの貢献をした修道士・聖ドミンゴ(Santo Domingo)の墓があることで知られています。1185年に建造が始まり、聖堂内には貴重なレリーフや彫刻などがあります。

ぶどう畑に囲まれた巡礼路の先に遠く見えるこの大聖堂の塔は長年巡礼者の目印や心の拠り所となってきました。この大聖堂は巡礼にまつわるある言い伝えにちなみ、つがいの鶏を飼っていることでも知られています。

ある家族が巡礼し、この町で宿を取っていた時のこと。宿屋の娘がその家族の息子に一目惚れしてアプローチします。しかし息子はそれになびかず、怒った娘はその宿の宝である銀の食器を彼の荷物に隠し、泥棒だと濡れ衣を着せてしまいます。

判事は息子を絞首刑に処してしまうものの、死なずに生きていました。そして、

「聖ドミンゴ様が無実の私を守ってくださっているので私は生きています。どうか判事に頼んで私を下ろしてください」と巡礼から戻った両親に訴えました。その話を聞いた判事は

「そんな馬鹿な話はない。そんな話は私が食べているこの丸焼きの鶏が生きているというようなものだ」と言います。するとなんとその鶏が生き返ったのだとか。それで今でも、大聖堂につがいの鶏が飼われた鶏小屋があるのだそうです。


ラ・リオハ州の食

ラ・リオハ州を代表する食べ物やワインについて紹介します。

ピミエント・レジェーノ

リオハは優れた農産物の産地としても知られ、美味しいアスパラガスやアーティチョーク、さくらんぼ、梨などが採れます。赤くて小さい、甘いピーマンも名物で秋になるとどこにいてもローストピーマンの香りがするほどです。ローストピーマンはTボーンステーキやグリルした肉とも相性が良く、しかもサラダにしても美味です。タラのベシャメルソースやトマトソースなどを詰めたピミエント・レジェーノ(Pimiento relleno・ピーマンの詰め物)はピンチョスやタパスとしてバルでも定番です。


ジャガイモとチョリソーの煮込み

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ジャガイモとチョリソーの煮込み(Patatas con Chorizo)はサンマテオの収穫祭でも食べられるリオハの郷土料理です。作り方はとてもシンプルですがチョリソーのうま味とラ・リオハの優れた野菜のおかげでとても美味しく仕上がります。寒い季節にぴったりの、体の温まるスープ料理です。


ホワイトアスパラガス

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ホワイトアスパラガス(Espárragos blancos)はリオハとナバラの南東部の名物です。土に埋め、慎重に日光を避けて育てられたラ・リオハのアスパラガスは柔らかくて絶品。色々なソースで味付けして缶詰にしたり、新鮮なホワイトアスパラガスをグリルして塩漬けにしたり、スープやオムレツなどの料理にして食べることもあります。


リオハ風ポチャスの煮込み

ポチャス(Pochas)とは未成熟のうちに収穫した白インゲン豆で、ラ・リオハの名産として知られています。リオハ風ポチャスの煮込み(Pochas a la Riojana)はポチャスとチョリソー、野菜を使った煮込み料理です。ベーコンや豚肉なども一緒に煮込まれることもあります。


ラムチョップ

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リオハはラムチョップが名物で、とくに、冬場に選定したぶどうの木を使って焼き上げられるchuletillas a la  brasa (チュレティージャス・ア・ラ・ブラサ)が有名です。ラム特有の臭みがなく、リオハ の赤ワインにぴったりの一皿です。


ラ・リオハ州のワイン

リオハ のワイン造りの歴史は非常に古く、2000年以上の昔からエブロ川流域でブドウが栽培されてきました。スペインでは他に1カ所しかない最上位の格付け、特産原産地D.O.Ca.に認定されています。

リオハが世界的なワイン産地になったきっかけの1つにフランス・ボルドー(Bordeaux)の影響があります。世界中のワイン産地が被害を受けた19世紀末のフィロキセラ禍の際、被害の少なかったリオハにボルドーから最新の技術が流入し、リオハのワインの品質を一気に向上したのです。そのため、リオハはボルドーと兄弟のような産地とも言われています。

生産されるぶどうはテンプラニーリョ(Temporanillo)やガルナッチャ(Garnacha)などの黒ぶどうが中心です。生産地はエブロ川右岸と左岸の一角にあるリオハ・アルタ(Rioja Alta)、左岸のリオハ ・アラベサ(Rioja Alavesa)、下流のリオハ・バハ(Rioja Baja)の3カ所に分けられます。

まとめ

ラ・リオハ州ではスペインでも随一の赤ワイン産地です。農産物の産地としても優れているため、素朴ながらも美味しい料理を楽しむことができる土地でもあります。小さな州ですが、古き良きスペインの雰囲気を色濃く残し、観光地としても魅力的です。ぜひ一度訪れて、ワイナリーめぐりやバルめぐりをしてみたいですね。

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