2月14日はバレンタインデー。日本では、女性から男性にチョコレートを送る日として定番のイベントとなっています。一方、スペインのバレンタインデーの習慣には日本のものとはかなり違いがあるようです。今回は、情熱の国・スペインのバレンタインデー事情について解説します。
バレンタインデーの由来
まず、バレンタインデーの由来についておさらいしたいと思います。
バレンタインデーは英語で、「St.Valentine’s Day」です。つまり、Valentine(羅:ウァレンティヌス、英:バレンタイン、西:バレンティン)という聖人にちなんだ日なのです。
ウァレンティヌスは3世紀、ローマ帝国時代のキリスト教司祭でした。当時の皇帝のクラウディウス2世(Claudius II)は士気が下がるとして、兵士となる若者に結婚を禁じていました。かわいそうな兵士を見かねたウァレンティヌスは、内密に兵士たちの結婚式を取り計らったのです。そのことが皇帝の知ることとなり、ウァレンティヌスは法に背かないように言い渡されます。しかし、それでもウァレンティヌスは従わず、処刑されてしまったのです。
処刑された日は、2月14日でした。当時のローマでは、2月14日は家庭や結婚の女神・ユーノー(Juno)の祝日で、翌15日は豊穣を祈願するルペルカーリア祭(Lupercalia)でした。このルペルカーリア祭では毎年、くじ引きで男女を引き合わせる習慣があり、カップルになった男女は結婚することもありましたが、1年ごとに相手を変えるカップルもいたようです。
5世紀末、当時の教皇のゲラシウス1世(Gelasius I)はルペルカーリア祭の風習をキリスト教的ではないと考え、祭りを禁止しました。そのかわり、2月14日を聖ウァレンティヌスの日と定めました。その後14世紀頃から、2月14日は恋人たちが贈り物などを贈る日として、キリスト教国に浸透していったのです。
スペインのバレンタインデー
スペインではバレンタインデーはサン・バレンティン(San Valentín/聖バレンティン)、またはディア・デ・ロス・エナモラダス (Dia de los enamorados/恋人たちの日)」と呼ばれます。
男性から女性への愛を示す日
スペインのバレンタインデーは日本とは反対に、主に男性から女性へ愛を示す日となっています。女性が男性に贈り物をすることもありますが、男性が恋人や妻、そして、お母さんなどの親しい女性に贈り物などで愛を伝えることはほぼ必須となっているのです。女性側でも贈り物をもらうことを予想し、事前にお返しを用意しておくこともあるようです。
また、スペインでは日本の義理チョコにあたる習慣は存在しません。スペインではあくまでも、バレンタインデー は男性が女性への愛を示すための特別な日なのです。
スペインのバレンタインデーの習慣はいつから?
スペインで、現在の形でのバレンタインデーの習慣が広まったきっかけは1948年、作家でジャーナリストのセザール・ゴンザレス=ルアーノ(César González=Ruano)によって書かれた記事でした。その内容はアメリカのバレンタインデーについて紹介し、スペインでも同じように祝うことを提案するものでした。そして、その後の2月、スペインのとあるデパートチェーンがスペインの全国紙、『ABC(アベセ)』に「愛する人に贈り物をしよう」とのキャッチコピーとともに、2月14日にむけて何度もバレンタインデーを紹介する広告を出したのです。広告の効果はブルジョア階級を中心に波及し、香水やお菓子、花などを妻や恋人などに贈る習慣が広まったのです。
贈るのはチョコレ―ト?
日本ではバレンタインデーの贈り物はほぼチョコレート一択、と言っていいでしょう。いっぽう、スペインでは贈り物はチョコレートだけではありません。お菓子はもちろん、アクセサリーや花、ワインなど、いろいろな形で男性は女性への愛を表現するのです。中でも、定番なのは真っ赤なバラ。2月14日まで、スペインの街は「Te Amo(テ・アモ/あなたを愛しています)」などの言葉とともに、バラの花束や他にもさまざまなギフトで溢れ返るのです。
また、プレゼントは物だけに限りません。レストランの食事で食事をするのもバレンタインの定番で、バレンタインデーのレストランはどこも予約でいっぱいです。また、最近のこのご時世も影響してか、男性がこの日のためにとっておきの手料理を用意し、自宅でロマンチックなディナーを楽しむカップルも多いようです。そのため、ワインショップなどではバレンタインシーズンにはスペインワインのカヴァのキャンペーンを打つところも増えてきました。
また、サプライズが好きなスペイン人はバレンタインデーにさまざまな工夫を凝らして愛する人を喜ばせようとします。なかには、この日にプロポーズをする、という男性も少なくないようです。
バレンタインデー以外にも愛を贈るスペイン人
実は、スペインにはバレンタインデー 以外にもいくつか愛や恋人をテーマとした記念日が存在しています。
カタルーニャ地方(Cataluña)では、4月23日は「ディア・デ・サン・ジョルディ(Diada de Sant Jordi/聖ジョルディの日))として祝われます。聖ジョルディはカタルーニャ州の伝説の聖人で、ドラゴンを退治し、生贄に捧げられていた王女を救い出した、と言われています。このとき、ドラゴンの血が地面を流れ、その後には真っ赤なバラが咲いたとされていて、そのことにちなんで男性は女性にバラを送る習慣があるのです。
バレンタインデーでは愛する女性にのみ贈り物をし、聖ジョルディの日ではお世話になった女性にも贈り物をする、という違いはあるものの、贈るものの定番がバラであることではバレンタインデーとはほぼ変わりがありません。しかし、聖ジョルディの日はバレンタインデー にはない、女性が男性に本を贈る、という慣わしもあるのです。
サン・ジョルディの日になぜ女性が本を贈るようになったのか、その起源は実はそう昔のことではありません。それは1995年のこと、ユネスコがバレンタインデーを「World Book Day(世界図書と著作権デー)」に制定し、しかもその日はちょうど、スペインの国民的作家でドン・キホーテの作者である、ミゲル・デ・セルバンテスの命日と重なり、出版業界がサン・ジョルディと本のプレゼントを結びつけるキャンペーンを行なったのでした。
聖ジョルディの近いたバルセロナなどのカタルーニャ地方の街では、本の市場があちこちに立ち、本で溢れかえります。また、作家のサイン会なども多く行われ、出版業界にとってはかき入れ時、本好きにとっては至福の期間、となるのです。
スペイン南部、バレンシア地方(València)では10月9日は「Dia de los Enamorados Valencianos(ディア・デ・ロス・エナモラドス・バレンジアノス/聖・ドニスの日)です。バレンシア語では「ディア・デ・ラ・モカドラ(Dia de la Mocadora)」、「モカドラ」は「絹で包んだ」という意味で、男性はこの日に恋人や妻、母親など、愛する女性に絹のスカーフで包んだマジパンを贈ります。
聖ドニスの日の起源はバレンシア地方だけでなく、スペイン全体の歴史にとっても重要なある史実にまで遡ることができます。1238年の10月9日、この時まで何百年も続いたイスラム支配を打ち破り、アラゴン王国の王、ハイメ1世(Jaime I)がバレンシア城に入城したのです。ちょうどその日は恋人たちの守護神とされる聖ドニスの日だったこともあり、18世紀以降、いつの間にか男性が野菜やフルーツの形をしたマジパンを絹のスカーフで包んで贈る習慣に転じたのです。
ところで、なぜ聖ドニスの日の贈り物がマジパンなのかについてははっきりとしたことはわからないようです。ただ、バレンタインデーや聖ジョルディの日の例から推察すると、女性に贈り物をする習慣に、お菓子や絹を取り扱う業者たちが商機を見た、という背景が伺えます。
聖ドニスの日が近づくと、バレンシア市内のケーキ屋の軒先にはカラフルなマジパンとスカーフで賑わいを見せます。ただ、マジパン、というお菓子の性質も関係するのか、聖ドニスの習慣は若い世代にはあまり受け継がれていないようです。
日本では馴染みのない「聖人」を祝う習慣
ところで、スペインには日本には馴染みのない、「聖人」の日を祝う習慣があります。スペインや他のキリスト教徒の多い国には、聖人歴という、キリスト教で聖人とされる人を日付に関連付けたカレンダーがあるのです。子供が生まれた時や、洗礼名をつける時には聖人歴を参考に名付けを行うのが一般的です。そのため、自分の名前の聖人の日が存在し、その日は自分の聖人の日として、誕生日以上に盛大に祝うことさえあります。
ちなみに、スペインをはじめ、フランスやポルトガルにはある共通したぶどうやワインの守護聖人、と呼ばれる聖人、聖ビセンテ(San Vicente)が存在します。ローマ帝国支配下最後の殉教者とされる聖ビセンテがどうしてぶどうやワインの守護聖人と呼ばれるのかは、はっきりしません。しかし、おそらくぶどう栽培やワイン醸造の苦難と、農民たちや醸造家の信仰心が結びついたのがきっかけだろうと考えられています。
「ビセンテ」の名前はスペインだけでなく各地に地名として残っていて、スペインワインのラベルにも見つけられることがあるでしょう。
まとめ
情熱の国・スペインのバレンタインデー事情について解説しました。
次のバレンタインデー にはスペインを参考に、手作りのディナーで女性に愛を伝えてみてはいかがでしょうか?その際にはぜひ、スペインワインも一緒にお楽しみいただければと思います。