スペインワインの中でも、食前酒、食中酒、食後酒と幅広く対応でき、保存もしやすいシェリー酒が特に好き!という方も多いのではないでしょうか?
ところで”ベネンシアドール”をご存知でしょうか?シェリーが好きな方であれば知っているかもしれませんが、ベネンシアドールはシェリーを語る上で欠かせない存在なのです。
今回はベネンシアドールについて、その歴史やベネンシアドールの技術、ベネンシアドールの資格試験やコンペティションについて解説していきます。シェリーが好きな方にはもちろん、シェリーについてあまりご存知ない方にとっても関心を持っていただける内容となっています。ぜひ最後までご一読いただければと思います。
ベネンシアドールとは?
ベネンシアドール(Venenciador)とはベネンシア(Venencia)という1m程の長い柄を持つ特殊な柄杓(ひしゃく)でシェリーを樽から汲み出だす技術を持った人のことです。ベネンシアドールはベネンシアでシェリーを汲み、腰ほどの高さに持ったグラスに高く掲げたベネンシアで注ぐことにより、シェリーをほどよく空気に触れさせ、香りや味わいを引き出すことができます。
ベネンシアドールはスペイン・ヘレス(Jerez)に古くからある職業ですが、現在は「ベネンシアドール公式資格称号認定試験」に合格して資格を持ち、シェリーのプロモーションを行う人に対してベネンシアドールという呼び方をします。
ベネンシアドールの歴史
ベネンシアドールの語源となっているベネンシアがいつからあるのか、はっきりしたことはわかりません。オーストリアのウィーン(Wien)にある美術歴史博物館にはベネンシアによく似た道具を使っている男性が描かれた古代ギリシアの壺のレプリカが保存されています。ただ、この壺に描かれている道具はローマに輸送するまでに腐らないように煮詰めたワインを水を混ぜ合わせて汲むための容器だったと考えられ、現在のベネンシアとは少し用途が違うようです。
ベネンシアの語源となっているアベンシア(Avencia)は「協定、合意」といった意味のある言葉です。ベネンシアはもともと、シェリーの試飲に使われた道具でした。
シェリーの流通が世界的にみて盛んになり始めたのは、1338年に勃発したイングランドとフランスによる百年戦争の後です。フランスからイングランドへのワインの輸出が困難となり、レコンキスタによってキリスト教徒がイスラム教徒から奪還したヘレス産のシェリーの需要が高まったのです。
シェリーが取引されるためには事前に試飲を行い、評価するとともに価格を決める必要があります。また、シェリーの貯蔵、熟成、輸送にボタ(Bota)と呼ばれる木の樽が使われるようになると、試飲サンプルを汲み出すためには特別な技術が必要になりました。そして、その技術が現在のベネンシアドールにまで受け継がれてきたのです。
ベネンシアドールの技術
ベネンシアの仕組み
ベネンシアの長い柄はバスタゴ(Vastago)と呼ばれます。バスタゴの先にはクビレーテ(Cubilete)と呼ばれるカップが、もう一端にはガンチョ(Gancho)と呼ばれるフックが付いています。クビレーテは半球形の底面を持つ円筒形で、50mlほどの容量があります。昔は銀製でしたが、衛生上の理由もあり現在はステンレスで作られています。柄の長さは通常1メートル前後で、ボタに開けられた穴に差し込まなければならないため、柔軟性と耐性を兼ね備えた材料で作られます。バスタゴはかつてはクジラの骨で作られていましたが、希少であることに加え、クジラの骨の有機成分がワインを開かせてしまうということで近年はプラスチックやグラスファイバーが使われています。また、ガンチョは銀かステンレスで作られていて、ベネンシアを吊るすほか、手から滑り落ちるのを防ぐ役割もあります。
ベネンシアドールのシェリーの汲み方の手順
ガンチョのできる限り近くでベネンシアを持ちます。熟練したベネンシアドールほどバスタゴの一番端でベネンシアを持ち、より高い高さからカタビーノ(Catavino)と呼ばれるグラスに注ぐことができます。
ベネンシアの持ち方は親指、人差し指、中指の間で、鉛筆を持つようにします。自由自在にベネンシアを動かせるよう握りすぎず、滑らない程度の力加減で持つようにします。
ベネンシアは樽の中にできるだけ垂直に差し込みます。これは、シェリー、特に、フィノ(Fino)やマンサニージャ(Manzanilla)の表面を覆うフロール(Flor)の膜に与える衝撃を最小限にするためです。
クビレーテが満たされたら、また垂直に樽から引き出します。そして、ベネンシアが床に水平になるまで持ち上げます。そして、シェリーが流れ落ちたら、一切飛び散らないようにしてカタビーノに注ぎます。この時、ベネンシアを持ち上げるかカタビーノを持つ手をより低く下げ、シェリーが流れ落ちる距離を長くします。ただし、上級テクニックとして、最初からカタビーノを下の方に持っておく技もあります。
シェリーの注ぎ終わりはとくにテクニックを必要とします。クビレーテが空になるとシェリーが滴り落ちやすいため、ベネンシアドールはコルテ(Corte)と呼ばれるベネンシアを素早く動かす動作をします。なお、熟練したベネンシアドールは、グラスの中身を混ぜずに異なる種類のシェリーをそれぞれに注ぎながら、片手で複数のグラスを持つことができます。
「ベネンシアドール公式資格称号認定試験」と各種コンペティション
正式にベネンシアドールを名乗るための試験「ベネンシアドール公式資格称号認定試験」は日本を含め、世界各地で実施されています。ちなみに、日本では2002年から実施されています。ただ、残念ながら2020年からは新型コロナウィルス感染症のパンデミックの影響で、実施が見送られています。
ベネンシアドール公式資格称号認定試験は第一次が郵送による筆記試験で、比較的通過しやすいとされています。しかし、筆記試験のほかにテイスティング試験やベネンシアを使っての実技試験がある二次試験の合格率は1割ほど。非常に難関となっています。なお、受験資格は2点あります。まず、試験受験時に20歳以上であること。そしてもうひとつはシェリーを取り扱う飲食店や輸入業、小売業など、シェリーをプロモーションできる職種についていることです。もし2つ目の条件に当てはまらない場合でも「シェリー・アンバサダー試験」を受験することが可能です。シェリー・アンバサダー試験には実技試験がないため比較的合格率が高いとされています。シェリーが好きだけれどシェリーとは関係のない職種についている」という方でも、シェリー・アンバサダーの資格を取ることで造詣を深めることは可能です。スペインワインが好き、シェリーが好き、という方はいつか挑戦してみてはいかがでしょうか。
また、ドライシェリーとして有名なティオ・ペペ(Tio Pepe)のメーカーであるゴンザレス・ビアス社(Gonzalez Byass)の商品を使用したカクテルコンペティションではベネンシアドールの実技も実施されています。毎年11月に世界各地で行われるインターナショナル・シェリー・ウィーク(International Sherry Week)でも、ワシントン(Washington)D.C.などではいくつものベネシアンドールのコンペティションが行われています。
まとめ
今回はベネンシアドールについて、その歴史やベネンシアドールの技術、ベネンシアドールの資格試験やコンペティションについて解説しました。歴史あるベネンシアドールという職業について理解を深めれば深めるほど、スペインのワイン文化の奥深さを改めて思い知るようです。ベネンシアドールの技を見る機会がありましたらぜひ一度、ご覧になっていただければと思います。